第16話 神父視点
「では、ここでは何ですので、奥へどうぞ」
わしは、ミシェル様を教会の奥の休憩部屋へと案内した。ミシェル様はいつも笑顔に満ち溢れて、見ているだけで心が洗われるような気持ちにさせてくれる人だけれど、今のミシェル様はひどく暗い顔をしている。旅に行く前はとても嬉しそうにしていたミシェル様がこんな顔をしているのは、どうやら長旅で疲れているだけではなさそうだ。
(わしが聞いたところで、お役に立てるかどうかはわからんが、恩返しのチャンス)
ミシェル様のことを思い返して頭に浮かぶのは笑顔だけではない。領民のことを考えてくださり、私たちのお手伝いも進んでしてくれていた。だから、常々ミシェル様に何かがあれば、お役に立ちたいと思っていた。
「どうぞ、汚いところですが、そちらへお座りください」
わしはミシェル様に椅子に座っていただき、大事なお客様にお出しするように取って置いた紅茶の葉を棚から取り出す。ミシェル様の気持ちが和らぐようにと念じながら、ゆっくりと紅茶の葉にお湯を入れる。そして、葉を蒸したお茶をカップに注ぎ、ミシェル様にお渡しする。
「ありがとうございます」
わしも椅子に腰掛けて葉の香りを楽しみ、一口いただく。どうやら、わしも無意識に少し緊張していたようで口の中がとても乾いているのに気が付いた。
「それで、どうなさいましたか?」
「実は・・・」
ミシェル様は本題を言うのを躊躇ったのか、まず王都の雰囲気についてお話してくださった。こちらにないものを多く並んでいて、今回お土産にくださったペンダントの話などをされた。わしも、教会の集会などで、王都に行ったことはあったけれど、話を腰を折ってもいけないので、ミシェル様のお話を聞いて、相槌を打っていた。そんな王都の陽の部分を一通り、話したミシェル様は、王都の陰の部分、孤児や盗賊などもいることを暗い顔をして、話された。この領地を治め、みんなのことに気を配っておられるミシェル様にとって、それを見捨てておくことはとても心苦しいようだった。
そして、レオナルド王子のことを話された。
なぜ、王都の行ったかも知らなかったが、王家の第一王子のレオナルド王子に婚約を申し込まれたからだと聞いてわしはびっくりした。さらに、びっくりというか、驚きを通り越して、怒りが湧いてきたのは、ミシェル様を呼んだレオナルド王子やその周りの者たちがミシェル様を見世物にして、侮辱したと言う。なんたることだ。わしは紅茶のカップの取っ手を壊してしまうんじゃないかというくらいに手に力が入っていた。こんな気持ちは生まれて初めてかもしれない。
「おぉ・・・・・・っ」
「し、神父様? 大丈夫ですか」
わしはミシェル様が話しやすいようにと、毅然に振る舞うつもりだった。けれど、ミシェル様がそんな愚か者たちを気遣いながらお話されていたので、本当はもっとひどいことを言われたに違いないと思うと、涙が止まらなかった。
「大丈夫です」
わしは涙を拭って、出した水分の分、紅茶を飲んだ。ミシェル様もわしに合わせて、紅茶を飲んで清々しい顔になった。
「そんなことを言ったレオナルド王子なんだけどね、その後、私たちを追って来て、それでね・・・妾にならないかって」
ミシェル様は自虐的に、気にしていないように笑っていた。わしには理解ができなかった。そんなひどいことをしておいて、妾になれなんて言える神経が信じられないと思った。
「それはそれは・・・・・・」
まったく情けない。
わしは何も気の利いた言葉が言えなかった。
「でも、それはいいの。私も、最初はショックだったけれど」
「いやいや、それは・・・ショックでしたでしょうに。良くはありませんよ」
「ありがとうございます。でも、今一番悩んでいるのは・・・」
そう言って、遠くを見たミシェル様。今までも、お辛そうな顔をしていたけれど、一番辛そうな顔をした。わしは、早く聞きたいと思いつつも、ぐっと堪えてミシェル様が口を再び開くのを待った。
「お父様が・・・・・・妾にはさせないって言ってくださったの」
「それは・・・っ」
わしはさすがウォーリー伯爵だと、足腰も悪くなっていてすぐには立てなかったが、「ブラボー」と言いながら、スタンディングオベーションをしようとしていた。でも、足腰が悪くて良かったかもしれない。わしは、言おうとしてハッと気づいた。ミシェル様は一番悩んでいることを話されようとしているのだ。
「お父様がその件にお怒りになって、王家と縁を切ろうとしているの」
悲痛な瞳でわしを見るミシェル様。その目は父親であるウォーリー伯爵を止めて欲しいと訴えていた。わしはその気持ちに応えたいと思うものの、どちらかと言えば、ウォーリー伯爵と同じ気持ちだった。老人の知恵を用いて、ミシェル様のでなんと言えばいいのか、途方に暮れてしまった。
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