第14話 ウォーリー伯爵視点

「そんな・・・・・・」


 ミシェルは悲痛な顔をする。愛娘のミシェルにそんな顔をさせたくなかった。

 私は後ろめたい気持ちを抑えて、ミシェルに声を掛ける。


「どうだった、王都は?」


 ミシェルも何か言いたそうにしたけれど、言うのを堪えて、


「とても、心が躍りました。だけど、心が痛みました」


 と言って、王都で見たこと、聞いたことを話してくれた。レオナルド王子の素行について聞くときは、怒りで震えそうになったが、必死に堪えて娘の話を聞いた。アーサーが話よりはレオナルド王子は悪い奴ではないという印象を受けたけれど、それでもやっぱり許せそうになかった。


「だから、お父様、国を捨てるだなんておっしゃらないでください」


 ミシェルは言葉の最後にそんな言葉を添えたけれど、それは聞けない相談だった。


「だが、我々の治めたお金や物資は彼らを肥やすために使っているわけではないだろ?」


 ミシェルは暗い顔をして、小さく頷いた。


「ミシェル、私はね、いい加減この国にうんざりしていたんだ」


 立ち上がり窓の外を見ると、領民たちが楽しそうに道を歩いているのが見えた。もしかしたら、いいや、かなりの確率で彼らを危うい立場にしてしまうだろう。私に彼らの笑顔を奪う権利はない。だが、私には娘を守る義務がある。ミーシャと約束したのだ。ミシェルを守ると。だから、私は権力を行使する。王族や中央都市に住む貴族たちと同じように汚い権力と言う横暴を。


「今は、交戦中のはずです。そんなタイミングで独立なんて」


 ミシェルは悩みだして言葉を絞り出して、私に諫言してきた。その言葉に彼女の成長を感じて、嬉しく感じる。私の身に何かあってもミシェルは大丈夫だろう。しかし、私が生きているうちに彼女を獣のところに渡すなんて御免だ。


「本来ならば、なっ。だが、考えてみろ。王都の連中はこの領地のことを一言でも訪ねてきたか? 私は状況を大臣宛てに送ったが、一向に返事はない。この領地の立地を考えれば、決して落とされてはいけないこの領地に対してだ」


 私は基本、国に何かを期待しない。今は病に伏せていると聞くエメラルダス王への重用に応えて頑張って来た。けれど、援軍や物資を届けないまでは許せても、そんなときに娘を呼び出し、帰れと伝え、さらには妾にするなんて言われたのであれば、恩義は十分果たした。


「でも、東と西から攻められては防ぎようがありません」


「それなんだが、南のエレメンタル王国に身を寄せようと思う」


「エレメン・・・でも、そちらの国だって、ノーバルダム王国の友好国です。ノーバルダム王国を裏切ったお父様と上手く手を結ぶかどうかなんて・・・」


 エレメンタル王国。通称風の民と呼ばれる人々が多く暮らし、馬と共に生きる者が多い国だ。馬の種類も豊富で、足腰が強く農作業や、重い荷物を運ぶのに適した馬、足が短く山道に適した馬、草原を素早く走るのに適した戦や速達に適した馬などバリエーションも豊富だ。そして、エレメンタル王国はエリナ女王が統治している。エリナ女王は争いを好まないが、自衛のために騎馬兵をたくさん抱えている。もし、同盟もしくは傘下に入れてもらえたら、機動力のある騎馬兵たちがすぐに援護に駆けつけてくれるだろう。


(わかっている。そんな都合よく話が上手くいくなら苦労はしないと)


 そもそも争い好まないエリナ女王が火中の栗を拾うようなことをするとは思えない。

 私は緊張のせいか喉がカラカラになっていたので、再び紅茶を口に運ぶ。紅茶は大分冷めてしまっていた。

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