第14話
(勉強かぁ)
いい会社に入るためには、勉強が必要だ。
そんな風にパパは言っていたけれど、私にはそんな風にはちっとも思えなかった。だからと言って、運動神経が良かったわけでもないし、音楽も得意じゃなかったから、部活にも入らなかった私。音楽は嫌いじゃないし、男性アイドルグループとか、声優さんのコンサートに親友の結衣と行くことだってたまにはあったし、カラオケで歌うのも好きだったけど、それを武器にする勇気と才能と熱意は私にはなかった。
ダンスとかだって、興味がないわけではないし、結衣とかと、ショートムービーを作って遊べるアプリとかで遊ぶけれど、ネットにアップする勇気はないし、結衣はそんなこと勝手にしないと思っているけれど、アップされても大丈夫なように加工アプリ必須で作成するくらいのビビりだ。
バズって、凄いインフルエンサーになって、女子高生の憧れの存在になれればいいなと夢見ることもあったけれど、そんな風に私が思っても、みんなが私を痛い女と見るのが関の山だろう。
私は身をわきまえていた。だから、話がだいぶ逸れたけど、これといってやることもないから、勉強も平均点を下回らない程度に頑張っていた。
何かに本気にならないと花は咲かないってママは言ったけれど、私はママとパパの子。才能の限界は知れている。
(だから、なのかな?
私が今、頑張れているのは)
まだ、両親に会っていないが故に、転生した今の私の可能性は無限大に感じている。
(勉強と言えば、都築くんに数学よく教わっていたなぁ)
◇◇
『あー、もうわかんないよーー』
『どったの、咲菜』
数学の授業が終わった後、私が頭から湯気を吹き出して、机の上でダウンしていると、いつものように結衣が私のところにやってきた。
『今の、授業わかった?』
『もちろん』
『えー、じゃあ、教えて。ここ全然わからなかったんだけど』
私が自分のノートのわからなかった部分を結衣に見せて、教えを乞うと、
『もちろん』
『うん』
『・・・・・・』
あれ、私はゲームのNPCに声を掛けたんだっけ?
そう勘違いするかのように結衣は同じ言葉を笑顔で答えた。
『もしかして・・・結衣、わかっていらっしゃらない?』
勉強を教えてくれる結衣先生に失礼があってはいけないと、恐る恐る尋ねると、
『もちろん』
と、結衣は同じ笑顔で答えた。
(まぁ、そうだよね・・・)
長年の付き合いだから、結衣の学力はだいたい分かっている。ただ、わからないのは、結衣のリアクションというか小ボケが多種にわたるから、「もちろん、わからないよ」という意味というのを理解するのに時間がかかったのだ。
『なら、彼に聞いてみたら?』
私がため息をついて、諦めかけていると、私の肩を結衣が叩いて、都築くんを指さした。
『なんで? 都築くん?』
『なんでって、都築くん。数学で学年トップじゃん』
『あっ、そうなんだ』
あんまり男の子に興味がなかった私は、クラスメイトの男の子がどんな人かは雰囲気でしか知らなかったし、中には名前も覚えていない人もいる。都築くんの印象は大人しい男の子だった。
『ねぇ、都築くん』
結衣が手を振りながら、都築くんに話しかけると、都築くんがこちらを見た。久しぶりに男の子の顔を見た気がして、私は思わず照れてしまった。結衣はそんなのをお構いなく私の袖を引っ張って都築くんの席へと向かう。
『あっ、ちょっと結衣』
私はせめてノートとペンだけでも持って行こうとするのに、結衣の力を前に無力でずるずる引っ張られてしまった。
『何かな? 鈴木さん、それと佐藤さん』
結衣と私を見る都築くん。
『咲菜が、数学教えて欲しいって』
結衣は私の名前を強調して言うので、私は結衣の肩を叩く。けれど、結衣はニヤニヤしたままだった。
(ちょっと、なんか、私が都築くんを好きみたいじゃん)
『いいよ』
私たち・・・というか、結衣なんて悪ふざけな雰囲気満載だったのに、都築くんは不愉快になることもなくいい返事をしてくれて、鞄に仕舞った数学の教科書を出してくれた。
『ほらっ、咲菜』
そう言って、肘で私をつつく結衣。あとで、絶対飲み物を奢らせてやる。
『ちょっと、待ってってね』
そう言って、私は自分の机の上に広げていたマーカーやシャーペンなどを筆箱に仕舞って、筆箱とノートを持って都築くんと結衣の板場所に戻る。
『ねぇ、寺沢。椅子借りてもいい?』
『おっ、いいぜ』
都築くんがとなりの席の寺沢くんに椅子を交渉していて、私と目が合うと、椅子を自分の机に近づけて、手で座ってと促してくれた。
『ありがとう』
『それで、どこかな?』
『えーっとね・・・』
私が問題を尋ねると、都築くんはとても優しく、先生よりも丁寧に教えてくれた。結衣はというと、最初は聞いていたけれど、飽きてしまったのか、途中で抜けてしまった。教室で男の子と二人で勉強しているのは照れ臭かったけれど、なんか嬉しかった。
『本当にありがとうね。都築くんのおかげでとってもわかりやすくて、助かりました』
『それは良かった。また、わからなかったら聞いて』
私が尋ねると、都築くんは笑顔で返事をしてくれた。
『本当に? でも、迷惑じゃないの?』
でも、私は授業以外で基本的には勉強したくないし、誰かに勉強の話をされたらちょっと嫌だ。男の子はよくゲームとかしたり、テレビの話をしているし、都築くんだって遊びたいだろうにその時間を奪ってしまうのは躊躇われた。
『うーん、テスト前はちょっと嫌だけど、普段なら全然いいよ。人に教えると、自分の知識も深まるしさ』
その言葉を聞いて、私は心が温かいようなそわそわするような気持ちになった。
『うん、じゃあっ。・・・・・・またね?』
私はその歯がゆい気持ちに戸惑って、急いで文房具を筆箱に仕舞いながら、都築くんに別れを告げた。
『うん、またね』
都築くんは笑顔で私のノートを手渡ししてくれた。
『・・・・・・っ』
お礼を言わなければいけない。そう思いつつ、私は照れて何も言えないままその場を後にしてしまった。けれど、その後も何度か数学でわからないところがあった時は都築くんに尋ねていた。だから、密かに次のバレンタインの時は義理だけど、お礼のチョコを作って渡すつもりだった。
でも、私は転生してしまった。だから、・・・情込めたチョコを渡す機会は永遠にないかもしれない。
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