第4話 後始末の騎士

 『後始末の騎士』という不名誉な肩書きを持つミアは、文字通りの後始末するために村へとやって来た。紅王軍の捕虜を乗せた馬車が事故を起こしたという知らせを受けて、早馬で現地へ赴いてはみたものの全ては後の祭り。

 ミアは寺院の礼拝堂にいた。

 そこにいた捕虜とやらは激昂した村人たちにリンチされ、既に息絶えている。農具で殴打されてあちこちアザだらけ。腕や足もあらぬ方向に曲がっていて、顔は元の形が判別できないほど腫れ上がっていた。


「まったく、面倒臭いことになったわね……」


 遠巻きにミアを眺める村人たちからは冷たい視線が浴びせられる。

 ミアの褐色肌と銀色の長い髪が珍しいのだろう。東部に近いこの村では、彼女のような西方人はなかなかお目にかかれない。おまけにミアは若いし、女である。

 王都から来た『後始末の騎士』という肩書きを信用してもらうのには時間を要した。


「どうして殺しちゃうかねぇ?」


 ミアは腰に下げたロングソードの柄に手をかけ、すぐ隣に立つ老人を睨む。恰幅の良い老人はこの村の村長だそうだ。しかし、萎縮しているのか声が非常に小さい。

 腰を曲げ、頭ひとつ背の低い村長と視線を合わせて「どうして殺した?」と凄む。


「こここ、こいつは道具屋の主人を殺したのです。それだけじゃない。唯一教会から来た聖女様たちを寺院に連れ込んで乱暴したのです」

「うん。万死に値するね。じゃあ聞き方を変えよう。?」


 礼拝堂の壁に寄りかかる大男の死体を指し、ミアはわざとらしい笑顔を作った。

 こいつの体格から考えて、何の訓練もしていない村人たちが勝てるとは思えなかったのである。しかも道具屋の主人とやらが殺されているのだから、普通は怖がって逃げそうなものだ。


「……既に弱っていましたので。大勢で取り囲んでしまえば、その」

「あ、そう。つまり紅王軍の大男は馬車を事故らせるほど暴れたけど、怪我のせいでろくに動けなくなったってこと?」

「おそらく、そんな感じです」


 剣の柄から手を離し、ミアは死体に近寄って観察する。

 遠目には殴打や骨折の跡が目立っていた。床にも血痕がちらほら見える。

 パニックになった村人たちに襲われたのであれば、こういう傷もできるだろう。

 しかし妙だった。これまで様々な『後始末』をしてきたミアの勘が訴えてくる。

 後始末の相手が死体だったことも、五体満足で元気だったことも、どちらも多々あった。

 そんな経験が違和感を告げる。


「ん?」


 原型を留めずボコボコになった男の顔に手を伸ばす。

 青黒く腫れ、輪郭が歪んだ姿はいっそ哀れだった。

 その無念ゆえに血の涙を流して果てたのだろう。頬には赤い筋が垂れている。


「眼球が破裂したのか……」


 際限のない暴力に襲われればこういう現象はよく起こる。

 ミアは敵国の兵士に同情した。けれど唯一教会式の印を切るようなことはしない。こいつの冥府での幸を祈ってやるほど慈愛に満ちてはいなかった。

 違和感の正体を掴むためさらに死体を調べる。

 大男はズボンを履いていない。こんなところで脱ぐということは……

 そういえば唯一教会の聖女が乱暴されたと、村長が話してくれた。まったくもって反吐の出る事案である。戦場の近くでは珍しくもないのが嘆かわしい。


「ふん」


 鼻を鳴らしたミアは男の股間に目を向けた。血みどろになっている。

 村民たちは男性器まで念入りに破壊したらしい。なんともまぁ残忍なことだ。

 呆れていると血の臭いに混じって、微かに何かが焦げたような臭いがする。

 大男の陰毛が焦げていた。近くには炭が落ちている。流石にこれにはミアも冷静ではいられなかった。


「おい、村長。弱って動けない男の股間に、焼けた炭を押し付けたのか?」

「え? い、いえ! そんなことしていませんよ! ワシらはグッタリしてたこいつを農具で叩いただけです!」

「……偽証は死罪だぞ?」

「本当です!」

「こいつを殴った時の状況を説明しろ。一から十まで全部だ」

「この男の乗った馬車が……」

「そこは他の奴から聞いた。あぁ、まどろっこしい。そもそもの話、寺院に立て篭もったこいつがどうして弱っているって分かった?」

「乱暴された聖女様が逃げ出してきて、男は瀕死だとおっしゃったのです。それで男衆を集めて、寺院に乗り込んで……」


 話の流れとしては理解できる。

 村で暴れた敵兵が弱っていれば、そういう行動に出るのも考えられなくはない。

 ミアは頭に手を当てて立ち上がり、村長の横を通り過ぎる。遠巻きにいた他の村人たちを見回し、「その聖女サマってのはどこにいる?」と声をかけた。

 お互いに顔を見合わせるだけで誰も答えようとはしない。

 仕方ないのでまた村長を睨むと「宿屋に……」と弱々しい答えが返ってきた。


「被害者にも話を聞いてくるよ」


 寺院を出ると、碧王軍の兵士が入り口を固めていた。少し遅れて到着したミアの部下たちである。

 彼らにも行き先を伝えて一人で村の宿屋を目指す。

 途中、あちこちの家の戸から視線が飛んでくるがどれも怯え切っていた。

 居心地の悪さに舌打ちし、宿屋に入るなりミアは主人に声をかける。目的の人物は二階にいるらしい。

 だが、階段を上がった途端に血の臭いが濃くなった。


(なんだ……?)


 嫌な感じがする。

 死体があった寺院よりもずっと不穏な空気だ。

 ここには乱暴された聖女がいるだけではないのか?

 疑問を持ったミアは警戒しつつ、奥の扉まで歩く。薄い木の板越しに血の臭いが濃くなった。

 『後始末の騎士』たる勘が告げる。

 この向こう側には恐ろしい何かがいる、と。


「どなたでしょうか?」


 気配を察したのか、向こう側から女の声がする。柔らかい声だった。

 ミアは咳払いし、自分は事態の収集にやって来た碧王軍の騎士だと伝える。

 すると扉が開き、黒髪・黒目の修道女が迎え入れてくれた。

 奥のベッドにはもう一人いる。そっちは金色の髪をしていた。


(こいつ……)


 金髪の方からは、べっとりと濃密な血の香りがする。

 気圧されたことを悟られぬようにミアは表情を消した。あくまで騎士として振る舞う。


「碧王軍のミア=フローライトと申します。捕虜脱走の件で、お話を伺いたく存じます」

「私はマレンと申します。そちらはお付きのミリィ」

「……あなたが聖女マレン様でしたか。薬草術の」

「すいません、お忙しいのに手間をかけさせてしまって……」


 ミアはなるべく普通の言葉を選んで会話する。

 とてもではないが敵兵に組み伏せられた後の女には見えなかった。

 ミリィという付き人の少女は未だ怯えた様子だというのに、マレンはそうではない。


(面倒臭いことになったねぇ)


 益体もない想像ばかりが膨らむ。

 今回ばかりは、できれば自分の勘が間違っていて欲しい。

 聖女マレンが敵兵の逸物に焼きを入れただなんて悪い冗談だった。

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