第40話 クルス・ネリー

 コバキオマルの足元では歓声が上がっていた。

 蛙の化け物が倒れたことによって、街の脅威が去り、避難していた人々が祝勝の宴会を始めた。店や家から酒をとりに行くことができないため公園の自販機から買ったものだが。

 電気が戻り、自販機だけではなく公園の電灯にも明かりが灯っていく。


「やったな、イフ」


 遠くに見える三機のマルチトルーパーとユニグリフィスへ拍手しながら司は聞こえもしない祝いの言葉を送った。

 そして、ブロロとコバキオマルの足元からバイクの音が聞こえてきた。


「ああ……来たのね」


 見慣れないバイクに乗った唯が機体の調整をしていた火伊奈の前にバイクを停める。


「遅くなってすまない。とりあえず魔王の眷属は倒してしまったようだな」

「それでもちゃんとコバキオマルは役に立っていたわよ。非常灯としてだけど」


 無駄に敵意を込めた目で唯を睨む火伊奈。だが、唯は完全にスルーして黒い月———いや、鳥の魔物を指さす。


「いいんじゃないか。これから戦いでも役に立つと証明できれば」

「あれ……ね。コバキオマルのバスター砲でも破壊できるかどうか……いや、ダメ」


 破壊を提案した火伊奈だが、すぐに首を振ってその提案を却下する。


「空中でアレを壊したらいくつもに分かれた破片が落ちてきちゃう。そうなったら被害が広がって、意味が……」

「そうだな。だが、それしかないのではないのか?」

「………」


 確かに手は……なさそうだ、巨体のまま、質量を保持したまま落ちてくるよりは砕いた方がはるかにいい。


 だけど……。


『やるしかねえ! だろ!』

「え……」


 コバキオマルのスピーカーから司の声が響いた。


『砕くのもダメ、そのまま落とすのはもっとダメ。なら押し返すしかねぇだろ! そのくらいのパワー持っていないコバキオマルなのか!』


 できはしない。理論上そこまでのパワーはコバキオマルにはない。だけど、司なら、司の力なら、できるかもしれない。

 火伊奈の顔が明るくなった。


「うん! やるわよ、司さん!」

『おう』


 唯もうなずいて、自分のコックピットへ向かおうバイクを降りた。

 が、その足が止まった。

 黒髪の女性がすぐ隣でコバキオマルを見上げていた。老人を背負ってジッと巨体を見つめる横顔はどこで唯は見たような覚えがある。


「困りましたね。これは」

「……あなたは」


 唯が思いだそうと記憶をたどる。


「初めまして、私の名前は白鳥時子と言います。御式学園の新しい用務員として活動しております。挨拶が遅れて申し訳ありません。生徒会長、尾上唯」

「あ、ああ……」


 アールとシェアハウスをしている用務員だ。以前に司と共に追跡をした。だが、どうしてここに、しかも老人を背負って。


「私は、今回はこの一人暮らしをしている吉田さんを安全な場所へ連れて行かなければならなかったため、戦闘に参加できませんでした。貴方たちに偉そうなことを言っておきながら、これについても謝罪をさせていただきます。申し訳ありませんでした」


 そういいながら背中の老人を降ろし、老人は「ありがとう」と言ってその場から去っていった。


「白鳥用務員、あなたは一体何の話をしている?」


 唐突な話で時子が何を言っているかわからない唯はいぶかしげな眼を向ける。


「お~い、君たち結局コバキオマルは出すの……ゲエッ!」


 避難していた町内会メンバーとの打ち合せから戻って来た鷲尾が時子の顔を見るなり、驚き、飛びのいた。


「久しぶりですね。ホーク。貴方の偽骸ぎがい、ブルーフェイスも随分と変わり果てた姿になって」


 時子が鷲尾を睨みつけ、怒り心頭なのか目の上の血管がひくひくと動き、怒りのこもった目を鷲尾からコバキオマルに向けた。


「な、何であんたがここに……⁉」

「この街に越してきたのですよ。魔王、リムル・フォン・バーン・ドミナスを打ち砕くために」


 二人のやり取りを聞いてようやく唯は合点がいった。


「もしかして白鳥用務員は……イノセンティア人?」


 唯の問いには、時子は答えず、右腕を掲げた。


「来ぉい! パル、ソォォ―――サァ――――‼」


 公園中に響くほど、高らかに機体の名前を呼んだ。

 遠くの夜空に赤い星がきらめき、こちらへ向かってくる。

 赤い外殻を持った羽の生えた巨人がコバキオマルの目の前に着地した。

 風が吹きすさび、唯と火伊奈が目を開けてられない中、白鳥時子は手の上に魔法陣を展開させ、そこから銀の翼のレリーフが入った短刀を出現させた。


「我が名は神聖エンディア王立軍魔王討伐大隊所属第百八デルタウッド分隊副隊長、クルス・ネリー! これよりこの街の脅威となる魔物の眷属、オウルの討伐を開始する!」


 短刀を胸の前に掲げ、名乗りを上げた。


「クルス・ネリー……」


 そういえば鷲尾が昨日言っていた。赤い偽骸ぎがい———パルソーサーのパイロットの名前。白鳥時子というのは仮の姿で本当の名前は、ということか。


「クルス副隊長! どうしてあんたはユニグリフィスとともにいるんだ! どうしてブラッド・レイゼンビーと行動を共にしている! 答えろ……ください!」


 鷲尾がクルスを問いつめる。が、


「鷲尾さん、そういうことは陰に隠れないで言ってくださいね……」


 クルスが怖くてたまらないのか、火伊奈を盾にして隠れて言っている。


「ハァ? 何を言っているのかわかりませんが……ああ、そういうことですか。でも、今は話している時間はないでしょう」


 クルスが上空の鳥の魔物を指さす。


「共に、あの魔物、オウルを止めますよ」

「止める? 止めると言いましたか?」

「ええ、私に良い考えがあります」


 そういうと、クルスの体は光に包まれ、パルソーサーの中へと吸い込まれていった。


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