第39話 戦闘終了———。
秤イフのバイクを押しながら、発進していく二機のマルチトルーパーを見送る唯。機体のモニター越しで見るものと生で見るのはやはり違って、やはり巨大なロボットが歩いていくのはいいものだと感慨深くなる。
二機の姿が完全に遠くになると、バイクにまたがり、出発しようとエンジンボタンに手を伸ばす。
「あれは……」
視界の隅の木の下。ごみのように小さくみすぼらしい何かが落ちていた。暗い中、すぐにはわからなかったが目を凝らせば先ほど戦っていた魔物の頭部だとわかった。
ネスだ。ほとんど全身朽ちかけているネスが横たわっていた。
「あら、あんたまだ行かなくていいの?」
ネスは唯を見ると微笑みかけた。
「あんた、何で笑ってるんだ?」
「笑う? 私が? ああ、確かめるにも手がないわ」
言葉通り、彼にはもう両腕はなく、体も鎖骨より下は消滅している。
「遺言は、あるかい? 魔物だけど理性がある敵だった。残しておきたい言葉があれば伝えよう。拳をぶつけ合った仲として」
「おかしい、人間って本当におかしい。あたしもあんたも殺し合ったのに。魔物の事なんて路傍の石ころとしか思わなくていいのに。そんな上等な命でもないのに……そうね、強いて言うなら。あの娘を助けてあげて」
「承った。安らかに眠ってくれ。あとで墓を作ろう」
「いいわよ。そんなもの」
唯が話は終わったとばかりにエンジンを拭かせてバイクにまたがる。
「あなた優しいのね。そんなに優しいと、いつか私みたいになっちゃうわよ……」
唯のバイクが発進した。最後に残したネスの言葉はエンジンの音で掻き消え、唯の耳には届いたのか、届かなかったのか。
それはネスにはわからない。ただ、気が抜けて眠気が襲い、彼の目は閉じられた。
× × ×
街中を三機の巨人が疾走する。警察のエンブレムを付けた陸上自衛隊特殊災害対応第一係の特殊装備———マルチトルーパーだ。
MT1、イフのセーブキーパーとMT2、レオのスプリングスティングはすぐに先行しているMT3、アクアのシックルザッパーに追いついた。
「状況は? どうなっていますか?」
MT3はカメラを上空に向け、上空で戦っているユニグリフィスとフロッリーの戦闘状況を観察していた。
『よくないの。段々、
アクアのいう通り、ユニグリフィスの動きはおかしかった。時折ガクッと硬度を落としたり、剣のふりが乱雑になったりと戦いに精細を欠いていた。
一方、フロッリーも疲れ、肉体は崩壊の兆しが見えているが、障壁魔法陣を空中に展開し、それを足場にして長距離から火球を放ち続け、ユニグリフィスの射程に入らないという地味だが効果的な戦闘を続けていた。
距離が離れ、ユニグリフィスは効果的な一撃が与えられない。だが、それはこちらにとって、いや、レオにとって好都合だった。
「レオ!」
『あいよ、狙撃してやるぜ!』
MT2の背中のキャノン砲が火を噴いた。
二つの弾頭はまっすぐフロッリーへ向かい、命中した。
「ヴォォォ⁉」
下に意識を向けてなかったのか、慌てふためき、フロッリーは魔法陣から落下した。
「絶対に下には落としませんよ! ボクが
『え?』
『そうだ! 絶対に家に落とすな!』
『えぇ……気合入りすぎなの……』
イフとレオの絶対に街を守るという気概にアクアが引く。
「アブソリュート・ウィンドウ! 展開!」
MT1の右腕の三枚のブレード、アブソリュート・ウィンドウを展開させて回転させる。
力場が波紋状に放射され、その上にフロッリーが落下する。
「グェ……!」
バウンドし、体を宙に浮かせるフロッリー。
「MT3!」
『了解!』
MT3———シックルザッパーが地面を蹴り上げて飛び上がり、MT1が展開していた力場の上に着地する。
MT3の両腕の鎌が掲げられ、内蔵されている細かな刃が駆動し、チェーンソーになる。
『い! く! の!』
二対の鎌による斬撃が次々とフロッリーを襲う。
満身創痍だったフロッリーはろくに防御もできず、次々と切り刻まれた。
右腕をもがれ、もうろうとした頭で反撃しようとした舌も切り落とされ、最後に大きく薙ぎ払われ、力場の上から吹き飛ばされた。
敵との距離ができた。
これで体制を立て直し、魔法を展開すればまだ勝機はある。そう、フロッリーは考えた。
が、
「MT2」
『待機中!』
え――――。
吹き飛ばされた先、背中に突起物が刺さった。
それは二本の長い棒のようで……。
「撃ちなさい!」
『ファイアァァッッ!』
腹と胸が火を噴きはじけた。
崩れ落ちる視界の中、後ろに立っていたのは銀色の二対の砲塔を持った巨人。
『今度はちゃんと、空に向けて撃ったぜ』
限界を超えて戦い続け、もう体が一瞬たりとも動きそうにない。
――――限界限界、疲れ疲れのく~たくた、というやつだ。
最後に聞く声が少年の声というのも味気ないが、あの人のために尽くせたいい人生だった。そう、思えた。
× × ×
MT1がとらえている映像の先では蛙の化け物の巨大はボロボロと皮が剥がれ落ち、砂の山のようにさらさらと中から崩れていっていた。
「目標撃破」
動かないのを完全に確認し、イフが本部へと通信を送った。通信先の野中は『よくやった』と言い、ほかに控えているのだろう仲間と喜びを分かち合っている。
『イフ、あれはどうするの?』
MT3が上空を指さす。
夜空からゆっくりとユニグリフィスが地上へ降り、足が付いた瞬間、崩れ落ち、膝を地面につける。
「白い
ユニグリフィスが戦いを始めてからの街の被害はほぼゼロだった。彼がフロッリーを空中に飛ばしてくれたおかげで攻撃が地上に届くものが少なく、届いても人がいない場所や、コバキオマルが防いでくれて、被害が広がらなかった。
そうだ、自分が救援要請をした彼。
彼は一向に現場に現れなかったが、どこにいるのだろうか……?
コバキオマルの姿は一瞬だが、見えた。だけど、戦闘に参加はしていなかったが―――。
『池井戸司、コバキオマル、確認したぜ、イフ。気楽に宴会なんてやってやがる』
「え?」
戦闘現場から数キロ離れた広い敷地面積を持つ御式総合運動公園。その中心に全身から光を放つコバキオマルが屹立し、胸の上で池井戸司が手を叩いていた。
その足元では敵が倒されたことによって住民たちが喜びあい、缶ジュースで乾杯し、宴会のような光景が広がっていた。
「フ、フフ……」
何故だか可笑しくて、笑いがこみ上げてきてしまった。
『イフ、イフ!』
「なんですか、アクア?」
『さっき言ったアレって、白い義骸の事じゃないの』
「え? じゃあ……」
もう一度夜空を見上げる。
「あ……」
そうだ、蛙の化け物で頭がいっぱいですっかり忘れてしまっていたが、あれがあった。
「黒い月の事なの」
夜の空に浮かぶ黒い月。地上へ向けてだいぶ接近し、その街を覆いつくさんばかりの巨体が迫っていた。もう地上に近づき細部が見えるほどに―――。
それは月のような星ではなく、羽毛に覆われ、丸まった大きな鳥の魔物だった。
中心の鳥の顔が地上の自分たちを見据えていた。
仲間を殺した自分たちを恨むような目だった。
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