第41話 黒い月落下阻止作戦

 コックピットに乗り込み、火伊奈と唯が乗り込むのを待っていると、目の前に突然赤い偽骸ぎがいが現れ、司は驚いた。


「どうしてアール先生の機体がここに? どうして今まで戦ってなかったんだ?」

『司、聞こえるか? 今から協力してあの魔物を止めるぞ』

『機関出力安定、司さん。発進を』


 通信機越しに唯と火伊奈の声が聞こえる。


「協力って、この赤い偽骸ぎがいとですか?」

『そうだ、あれに乗っているのは、この間アール教諭と共に帰っていた用務員。白鳥時子、イノセンティアの名前をクルス・ネリー、だったんだ。目標地点までの進路上の安全性を確認、司、早く行け』

「え、用務員さんがクルス・ネリー?」


 唯にせかされ、コバキオマルの足を動かす。

 モニターの中で赤い偽骸ぎがいは羽を広げて、ユニグリフィスと三機のマルチトルーパーがいる方角へ向けて飛び去って行った。


「アール先生……じゃないのか……」


 もやもやした気持ちを抱えたまま、赤い偽骸ぎがい———パルソーサーの後に続き走る。


          ×   ×   ×


 オウルは段々と地上へ向けて迫っていた。空の雲を突き抜けて、もう数分とたたずに地上に落下する。

 その落下予測中心点に六体の巨人がいた。

 民間のコバキオマルと、国家の警察に身を置くマルチトルーパー三機、そして、異世界からの騎士団の義骸二体だ。


「それで、作戦って何なんですか?」


 スピーカーのスイッチを入れて、赤い偽骸ぎがい———パルソーサーに尋ねる。

「それにはまず、自衛隊の偽骸ぎがい、あなたたち、いえ、あなたの協力が不可欠です」


 パルソーサーのパイロット、クルス・ネリーが指さしたのは三機のマルチトルーパーの内の巨大な右腕を持つMT1だった。


『ボクが? 何をどうすればいいの?』


 MT1、セーブキーパーのパイロット、秤イフが尋ねる。


「あなたのその右腕です。それは元々私たちの隊長、ローズ・G・デルタウッドの偽骸ぎがい、ブレインのものでしょう。絶対障壁を作り出す完全防御の機体」

『……守秘義務なのでその通りとは答えずらいですが。そうだとしたら何なのです?』


 MT1の右腕が前に突き出されえた。


「あなたたちが魔力でそれを運用しているとは思えません、こちらの世界の燃料で動かしているのでしょう。それを切ってください」

『もしかしてこの右腕で受け止めるつもりなのですか? 確かにアブソリュート・ウィンドウが破られたことはないですが、それでもアレを受け止めるのは無謀じゃないですか?それだけのエネルギーが……』

「心配いりません、そのため彼が、池井戸司の協力が必要なのです」

「俺が……?」


 パルソーサーの機体がコバキオマルの方向を向いた。


『そうか、そういうことか! わかったぞ時子用務員!』


 司より先に感づいた唯がスピーカーを使って声を上げる。


「どういうことですか?」

『司、この機体がどうして動いているか。君に説明していなかったな。君の魔力だよ。司』

「え? 俺の?」

『この機体は実は鷲尾さんの偽骸ぎがい、ブルーフェイスを元に作られている。それに装甲をつけ、変形機能を付けただけで、本質は時子用務員や池井戸玲氏が駆る偽骸ぎがいと全く同じなのだ!』

『つまり、私の機体と同じく、操縦者の魔力で動いているのです』


 パルソーサーが自分の機体の胸に手を置いた。


「ちょ、ちょっと待ってよ。いきなり言われても俺、魔力なんて……じじいに魔法の修行をされても何もできなかったんですよ?」

『それは権五郎さんの教え方が悪かったのだ! 君には魔力はある。我々が魔法を教えなかったのはコバキオマルを動かすためだ』


 コバキオマルの、ため?


『いいか、司。君はデルタウッド分隊のエースの血を引いているせいか、元々ため込んでいる魔力の量は大きい。が、魔力は使えば減る。そして地球だと回復に相当の時間を要する。そのため、無駄にお前に魔力を使わせないように私たちは君に魔法を教えようとはせずに魔物やイノセンティアの事も教えようとはしなかったのだ』

「でもじじいが……」

『あれは私と鷲尾さんの特訓に嫉妬した権五郎さんが勝手にやったことだ!』

「えぇ……」


 だが、唯のいう通りだとしたら……。

 パルソーサーの隣のユニグリフィスを見る。

 ユニグリフィスは何も言わずジッとこちらを見つめていた。

 本当に自分の親父がデルタウッド分隊の騎士の一人で自分も魔力を持っているとしたら。

 コバキオマルが技を出すときに感じる脱力感はそういうことなのかもしれない。


「だあああ、ダメ元だ、どうせできなかったら死ぬだけだ! あんたの言葉を信じるよ! クリス・ネリーさん」


 悩みを吹き飛ばすように頭を掻きむしり、パルソーサーを見つめた。


「フフ……白鳥時子、そうお呼びください。この世界になじむための名前。私は案外好いているのです」


 答える時子の言葉は優しい声色だった。


『あの~、それで俺たちは何をすれば……』

『いいの?』


 時子の話を聞く限り全く役割がないレオとアクアが尋ねた。


「あれは魔物です。妨害が予測されますので、あなたたちはそれの迎撃をお願いします」

『了解』

『わかったの』


 MT2とMT3は時子の言葉に従い、上空へそれぞれの武器を構えた。


「あの人、すごいな……」


 マルチトルーパーの人々が素直に従っている時子のカリスマ性に司は驚いた。だが、それは大きな危機が迫ってきてるゆえに仕方がないからなのかもしれないが。

 巨大に膨れ上がった鳥の魔物、ルオウはもうすぐそこまで迫っている。


「行きますよ、司君、自衛隊の人。隊長も」


 パルソーサーがMT1の右腕に手を置き、MT1から『……せめてMT1と呼んでください』と声が漏れた。

 司もコバキオマルの手をMT1の右腕に添えた。

 ユニグリフィスも手を添えて魔力を込めるのかとみていたが、ユニグリフィスは少し離れた場所で足元に魔法陣を展開していた。


「親父は、参加しないのか……」


 さっきの戦いで消耗していたようだし、もう魔力が残っていないのだろう。

 だったら、足元の魔法陣は何なのか気になるが、回復魔法か何かだろうと司は解釈した。

 ゴゴゴゴゴゴという音と共に、ルオウが落ちてくる。もう目の前にまで巨大な鳥の魔物は迫っていた。


「行きますよ!」

『アブソリュート・ウィンドウ、展開ッッ‼』


 MT1の右腕の三枚のブレードが展開され……。

 コンッッ、


「イテッ」


 ブレードの一枚がコバキオマルの胸部にあたった。


『あ……』


 コバキオマルの大きさはほかの機体の三倍ほど大きい、腰をかがめてMT1の手に触れているが、そのMT1が上に向けて波紋状の力場を発せれば、それが丁度コバキオマルのコックピットあたりを両断してしまう。


「ど、どどどどうすんの⁉」


 ルオウはもう目の前に迫っている。


「落ち着きなさい! 一番上にMT1の腕が来ればいいのです!」

『え~っと、え~っと……司、両腕を上に伸ばして!』


 慌てた声のイフの指示通り、掲げるように両腕を上空のルオウに向けて伸ばす。


『そのまま動かないで! 用務員さんはボクに続いて!』


 MT1は軽やかな動きでコバキオマルをよじ登っていく。


「司、魔力を手の先に集中させなさい! 手の上には私は乗ることができそうにないので肩に乗ります!」


 パルソーサーははためき、コバキオマルの肩に着地し、手のひらの上に載っているMT1の右腕に手を伸ばす。

 MT1がコバキオマルの両掌の上に乗り、八本の足を突き立て、天に向けて右腕を上げる。


「組体操みたいになっちゃった」

『無駄なことを言ってないで! もう来るんだから! アブソリュート・ウィンドウ、展開ッッ!』


 MT1の三枚のブレードが展開され、回転し力場を生む。


「来るぞ!」


 街を覆いつくさんばかりの広さの空間のゆがみがMT1の腕から放出される。

 ルオウが力場の上に落ちてきた。

 大地が震え、地面がわれ、コバキオマルの足が地面にめり込んでいく。


「グ……なんつう圧力……」


 力場の出力を上げているからか、ルオウが落ちた衝撃が襲っているのか、コックピット内の司もまともにハンドルを掴むことができないほどの重力を感じる。

 上空を見上げる。

 力場がしっかりとルオウを受け止めているが、MT1の腕ががくがくと震えている。


「踏ん張れぇ! イフゥゥ‼」

『女の子に、踏ん張れなんて、言わないでください!』


 MT1がグッと腕をルオウに向けて押し込んだ。

 その時、ルオウの周囲に魔法陣が展開され、白い鎖がルオウを縛り上げた。


「何だ……?」

『まずいぞ司、よけられるか?』

「え?」


 唯の声に反応し、下を見ると、コバキオマルの周囲にいくつも魔法陣が展開されている。

 魔法陣から多数の鳥の羽が発射され、コバキオマルへと襲い掛かる。


「よけられる……わけないじゃないですか!」


 コバキオマルはMT1を支えて動くことができない、このまま身動きもできずにハチの巣にされてしまう、そう思った瞬間だった。

 二機のMTがコバキオマルの前に立ちふさがった。

 MT3は両腕の鎌で羽を弾き飛ばし、MT2は両腕を盾にしてコバキオマルを守った。


『良かったぜ、このまま何もすることがないかと思ったぜ』

『実質レオにはできることは何もないの。余計なことはしないで黙って見てるの』

『ひどい……』


 両腕を損傷したMT2を置いて、MT3は次々と展開、発射されていく羽を両腕の鎌で撃ち落としていく。


「ありがてぇ……さて、イフよぉ、どうする? このままこのデカブツを押し返すかい?」


 上空のルオウに視線を戻し、イフに話しかける。


『そんなこと、できたらいいですけど……どうにも受け止めるのが限界で……用務員さん。これどっかに落とせませんか?』

「そんな場所はありませんね」

『ですよね……』

「だから、作ります」


 時子の言葉と共にコバキオマルの背後に控えていたユニグリフィスの魔法陣が輝きを増した。


「何をするつもりですか⁉」

「ルオウに集中してください、池井戸司。隊長は隊長の役目があるのです!」


 ユニグリフィスの足元だけじゃなく、機体を取り囲むように、球体のような三次元魔法式が展開された。


 ルオウを縛り付けている鎖がさらに強くルオウを縛り付け、力場から浮かせる。

 ユニグリフィスが剣を地面に突き立てた。


「サイド・ゲート・オープン‼」


 ユニグリフィスから女性の声が響くと、MT1の少し上に黒い穴が穿たれた。

 力場とルオウの間に黒い空間の穴が広がり、やがて穴の中が鏡のような澄んだ景色を映し出す。


「もしかして、あれが……」


 上空に広がる穴には澄んだ海と緑の大地が見えた。見たことのない巨鳥がとび、竜のような生き物が海を泳いでいた。


「イノセンティア……」


 司が見ている逆側ではルオウが穴へと吸い込まれて行っていた。ズズズと轟音を立てながら、イノセンティアへと飛ばされていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る