第35話 俺にしかできないこと
フロッリーが巨大化し、街で暴れ始めた時、池井戸司はコンビニにいた。
権五郎に言われて皆の飲み物を唯と共に買い出しをしていた時だった。
「昨日の今日でもう……」
「司、コバキオマルへと急ぐぞ」
「でも、補給とか必要なんじゃないですか? やってんですかコバキオマル」
イフと別れた後、すぐに向上へと向かったが、装甲や内部の修理をしている様子は見えた。だが、燃料を補充している様子はなかった。
「コバキオマルには補給はいらない」
「どういうことですか? あ……」
「おいどけ!」
唯に聞こうとした司の体を避難していく住民が突き飛ばす。
「いてて……」
「おい、何してんだよ!」
「くそどこに避難すればいいんだ!」
「学校の方向に化け物が出てるじゃねぇか!」
よくみれば避難している住民はパニックに陥っている。いきなりのことで常日頃の避難訓練が身についていないときはどうしていいかわからない。家を出たはいいが、右往左往している。
ふと見上げると街灯がポツポツと暗転し始めた。
「きゃああああ、停電よォ!」
ついにはバツっと音がし、コンビニの中の電気、周囲の街灯全てが消えてしまった。
「まずいな、この様子じゃろくに戦うこともできないかもしれないな」
「………」
全く避難ができていない。これでは建物を避けても動いている人間をコバキオマルが踏みつぶしてしまう可能性もある。建物はモニターで何とか見えるが、暗い地面の上の小さな人一人などコバキオマルのモニターからとてもじゃないが見えそうにない。それも戦闘中に。
「とにかく、急ぎましょう! くそ、秤は何をやってるんだ!」
いつまでたってもマルチトルーパー三機が出ようとはしていない。前回もそうだったが、今回は避難指示をしたという警察もここら辺には出動していない。
ピロロロロロ……。
司の携帯がなり、画面を見ると今思っていた人物、
「秤⁉ どうして出撃してこない! 街が壊されてるんだぞ!」
司の見ている目の前で蛙の化け物は手で救い上げた家だったがれきを地面にこぼすように落としている。
『ハァ、ハァ……そっちは大丈夫なの⁉ 出撃できる?』
「秤? どうした、後ろで音が聞こえるけど、銃声か?」
ドラマで聞いたようなダダダという音、そして、それに伴いコンクリートが砕けるような破砕音が聞こえる。
秤も声がどこか細く、呼吸がおかしい。
『こっちは出撃できそうにない、機体の整備が終わっていないし、基地が魔王の眷属に襲撃されてる』
「基地が襲撃⁉」
「襲撃、だと……?」
通話している横で唯は急いで、バイクの荷物入れを開けた。
『小型の魔物にやられてる。それの専門チームの到着が街の混乱で遅れてて……ちょっとやばいかもしれない。だから、司。あなたが……』
「…………わか」
「司、携帯を貸せ」
わかっていると言おうとしたら、唯が横から携帯を差し出すように手を伸ばした。
「え、ちょっと待って、会長が話があるって」
「初めまして秤イフさん。君たちのことは我々も知っている。早速だが尾上唯の名前を聞いて通じる人間はいないか? 君の責任者でもいいが、近くに話が通じる人間はいるかね?」
『え、尾上……唯……』
奪い取るように携帯を耳に当てるとイフへ質問を次から次へとまくしたてる。
電話の向こうで『……あ、しって……え……』と困惑したイフの声が聞こえ、やがて電話の相手の声が変わる。
『私は野中志保一佐だ。尾上唯とは、魔銃使いの尾上で間違いないか?』
「ああ、野中さんか、話が通じる人間がいるじゃないか。 新宿で戦ったもの同士、助け合いといかないか?」
『この電話はあのロボットのパイロットのものだろう、君はもしかして関係者なのか? あのロボットの』
「ピンチだっていうのに随分余裕があるじゃないか野中さん。助けはいらないのかい?」
『いらないと言っても来てくれるのが君のいいところだろう。こっちは装備を忘れてきてるんだ。早く来てくれ』
唯はニッと笑って、携帯を切った。
「会長⁉ 自衛隊の人たちと知り合いなんですか?」
「新宿でポイントを競い合ったライバルみたいなものだよ。すまん、司。悪いが徒歩で向かってくれ。どちらにしろこの混雑の様子じゃ、魔物の近くにある鷲尾工場まではバイクで行けそうにないしな」
携帯を司に投げ返しながらバイクにまたがりヘルメットを深くかぶる。
「いいか、コバキオマルを先に動かしてあいつを街から遠ざけるなり、時間を稼ぐなりしといてくれ。私の代理は鷲尾社長でもつとまる」
「え、ちょ、会長はどこに行くんですか?」
唯はバイクの荷物入れに収まっていたのか、銃を取り出し、見せつけるように掲げる。
「ちょっと私にしかできないことをやってくる。君も、そうしたまえ」
そういうと、バイクのエンジンをふかし、鷲尾工業と反対方向へとバイクを走らせて行ってしまった。
「俺にしか、できないこと……」
どう避難すればいいかわからない人々を見る司。
「よし!」
鷲尾工業へ向けて駆けだした。
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