第36話 激戦
「どういうことじゃ! これは⁉」
御式町のすぐそばにある山の上の一本松。
そこにミノムシのように麻袋に首から下を入れられてロープでつるされている金髪の幼女がいた。
金髪の幼女、リムルが何とか降りようと体を動かし、もがくがロープがさらにきつく締まるだけで全く溶ける気配がない。
「あやつら、許さんぞ! 許さん、ぞ……」
リムルの怒気の孕んだ声も段々小さくなっていく。
どうして魔王がこうなってしまっているのか。事の始まりは三十分ほど前にさかのぼる。
東進塾の地下で次の作戦の準備をしようとリムルが扉を開けた時だった。
普段の人間の街に紛れるときのファッション、キャップ帽子と男物のズボンとらんどっセルという小学校男子のような恰好をして、「帰ったぞぉ、きさまら」といつものように入った瞬間、中の三人にいぶかしげな眼を向けられた。
ネスがまず「魔王様、ここに入っちゃダメって言ったよね」と言い、「退室してもらいます」と繋げた。
「戯け者が、わしがおらねば次の襲撃はどうするんじゃ。近いうちにやらんとやつらも体制を整えるかもしれ、なにをする」
キャップ帽とランドセルを投げながら適当なところに座ろうとすると、オウルがそれを拾って魔王へと帰す。
「そう魔王様、その通り、だから最大戦力でこの街を破壊してご覧に入れます。今すぐに」
「……? 何を言ってる。それができるのなら、やりたいが……」
「で、しょう?」
フロッリーが種を一つ持っている。
それは黒い霧が周囲へとまきちらされているもので、普通はただの巨大な種なのだが、今は魔力が外に漏れだし始めている起動状態で放っておけば周囲のものをすぐに巨大な魔物と化してしまう可能性がある。
「何をやっておる、さっさとそれをしまわんか、基地をつぶすつもりか」
「つぶれても、いいんだよね。もう魔王様は帰るんだから」
「は?」
帰るとは、何のことだ?
「帰りたいんでしょ? 魔界に、だったらもうこんなところはいらないじゃない」
ネスが優しい瞳でリムルを見る。
「モンスターシードは魔王様や私たちが決めた適性を持ったものに魔力をこめ、下地を作ったものにしか発動しない。それ以外にいきなりやっても魔力が漏れるだけで何も起きない」
「そうじゃ! だから、これからその適正あるものを探そうと」
「そんな時間はないですよ。義骸、この地球が作った二つの義骸。あれが協力体制も取れていないこの状況。今だけが、今夜こそがそのチャンスなんですよ」
ルオウがモンスターシードを手に取る。
「どうしたんじゃお前ら、急に……! そんなに焦るな、やめろ! 考え直せ!」
フロッリーとルオウからモンスターシードを奪い取ろうとするリムルをネスが抑える。
「やめろ、やめ、ろ……」
ネスを振り払おうともがくリムルだが、やがてその抵抗が止んでいく。
ネスの背中に触れた時だった。まるで、木くずのようにネスの背中の皮膚が肉がそげていった。
「ごめんなさいね……」
ネスの指先に魔法陣が展開され、リムルの意識がなくなっていく。
「やめ、ろ……」
睡眠魔法で眠らされ、気が付いたら、近くの山の一本松に麻袋で詰められ、つるされていた。
「あやつら……あやつら……」
街を破壊するフロッリーの躰もよくよく見ればひび割れ、体から魔力が漏れている。
限界なのだ。
彼らは何も言わなかった。だが、イノセンティアで普通の生き物に魔力を込めて、魔物にした生き物たちだ。普通の蛙や蛇ならとうに寿命が尽きているのに生き続けたのは魔力の供給があればこそ、それも魔界にいたからこそ絶えず供給できたのだ。
この世界には魔力がない。
扉から漏れてくるあちらの世界からくる魔力も、モンスターシード生成に使っていた。
十八年間、この世界で生き続けた彼らの体はもうボロボロに砕けそうになっているのだ。
「たわけ、戯けが……!」
それでも、彼らの決意の出撃は報われそうで、一向にこの世界の銀色の義骸もコバキオマルとかいうのも出ようはしない。
「ヴぉルオオオオオ‼」
巨大な蛙の化け物となったフロッリーが上空に魔法陣を展開させると、魔法陣が震え周囲の待機も同時に震え始める。
「クエイク・ハザード……」
フロッリーが使おうとしている魔法だ。魔法陣を地に話した場所で展開し、震わせ、振動が最高潮に達したところで地面に叩きつけて大地震を起こす。
魔法の威力は本人の魔力やそれを出力する体の頑強さで決まる。
フロッリーの巨体で制御した魔法は威力も規模も段違いだ。あの一撃で恐らくこの街を破壊しつくせる。が、残り少ない魔力を使い切るほどだ。
「フロッリー……」
もう彼は長くはない。
「やれ、やってしまえ。フロッリー……!」
今なら誰も邪魔することはできない。命を懸けた一撃で街を破壊しつくせ。そう願った。
ズッ―――――。
魔法陣に白い剣が差し込まれ、
「あれは、ブラッド・レイゼンビー……」
「ヴォオオオオオオオ!」
白い
「ヴォオ……」
フロッリーが上空のユニグリフィスを見上げ、呻き、ユニグリフィスは空中から足元のフロッリーを見下していた。
こいつを忘れていた。忘れてはいけなかった。
神聖エンディア王立軍・デルタウッド分隊の
ゆっくりと余裕を持ってユニグリフィスが地上へと降りる。
「……ヴォボアアアアアアアアア!」
ユニグリフィスへ向けてフロッリーが突撃する。
街を踏み荒らしながら重機が石ころを吹き飛ばし、猛烈な速度で向かってくるかのような突撃だった。
ユニグリフィスの剣がフロッリーへ向けられ、剣先に魔法陣が展開される。
「ヴォアッッ⁉」
ユニグリフィスの剣先の魔法陣が二つに分かれ、フロッリーの足元と上空に展開された。
ユニグリフィスの手が降ろされると上下の魔法陣が勢いよく閉じられ、フロッリーが押しつぶされた。
「ヴォ……」
衝撃にフロッリーの目が白くなる。
ガンガンという足音がする。
隙を逃さないとばかりにユニグリフィスは走り寄り、剣で下からフロッリーを突き上げた。
フロッリーは「ヴォアアアア!」と悲鳴を上げて空中に飛ばされ、地上のユニグリフィスが翼を広げ、一気にフロッリーの元まで飛び上がった。
「一方的じゃ……」
態勢が整っていないフロッリーの反撃はすべからくユニグリフィスの剣に阻まれ、次々と切り刻まれていく。
「ヴァアアアアア‼ ヴァッッッ!」
伸縮自在の舌をとばし攻撃するがユニグリフィスは避け続け、下の大地を抉るだけだった。
ユニグリフィスがその舌を掴んだ。
「ヴァアアアアアアアアアア!」
そのままジャイアントスイングの要領でフロッリーの体を振り回し、地上の森へと叩きつけた。
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