第34話 襲撃

 夜になり。御式自衛隊駐屯地の待機場でイフは携帯を開いてじっと見つめていた。

 電話帳に『池井戸司』の名前が浮かび、それをイフはじっと見つめている。

 夕方のデートの後、別れ際にレオの提案でその場にいた四人全員で連絡先を交換した。いやデートと言えたものじゃない、あれはイフの罪の告発だ。彼は自分を断罪するために街へ連れ出したのだ。


「………池井戸、司め」


 倒壊したあの家が頭から離すことができない。


「どうしたの? ぼうっと携帯を見て、レオもどこかおかしいし」


 心配そうに同じく待機していたアクアが話しかける。

 部屋の隅に視線を向けると雑誌を目隠しに寝ているレオの姿がある。この待機場でレオは常に寝てはいるが、今日は待機場に来ると二人に目もくれずにいきなり寝始めた。そして、寝る体制に入ってから大分時間はたったが、彼の方から寝息がいつまでも聞こえてこない。

 待機場の扉が開き、つなぎを着たマルチトルーパーの整備士が入ってくる。


「あと十分程度で補給が終わるので、第一係の皆さんはそろそろ準備をお願いします」


 マルチトルーパーの整備と補給のチェック作業ために三人は呼びだされていた。整備後に不具合がないか実際に動かして確かめる。一々呼びだされるのは面倒だが、戦っているときに動きませんでしたは洒落にならない。


「行こうか、アクア、レオ」

「なの」

「……………」

「レオ?」

「あ、ああ……」


 雑誌を頭にのせたまま動こうとしないレオにもう一度言うとのろい動きで雑誌を頭から取り除き、扉へと歩く。

 彼がドアノブに手をかけた瞬間、部屋にサイレンの音が木霊した。


「な、何⁉」

「緊急事態?」


 ドアが勢いよく開く。当然その軌道上にいたレオの顔面にぶち当たり「イッテッ!」彼は呻いて蹲った。


 部屋に入ってきたのは野中一佐だった。


「第一係マルチトルーパーパイロットは皆この部屋に待機だ」

「何が起きたんですか?」


 大隊察しはついているが、イフは一応聞いておく。そして想定した通りだったら、少々厄介なことになる。


「魔物が現れた、再び御式町だ」

「また、ですか。補給はあと十分の時間を要すると報告を受けたのですが」

「どちらにしろ今回はいきなり住宅地に出現した。団地やアパートが多い比較的人口密度が高い地域だ。避難が完了するまで出撃はできない」

「避難って……どのくらい時間がかかりそうなんですか?」

「現場ではパニックが起きている。別動隊にも協力を要請しているが、一時間はゆうにかかるだろう」

「一時間……」


 自分が踏んだ家がどうしても頭をよぎる。

 その一時間の間にあの家が一体いくつ増えるのだろう。


「………ッ!」

「報告します!」


 何もできない自分がもどかしいと拳を握りしめていると、続いて自衛隊の報告員が待機場に転がり込んできた。


「駐屯地内に、敵が!」

「何ッ⁉」

「人型の魔物、一体です!」


 ドォン!


 報告員の報告が終わると同時に、爆発音とともに待機場が震えた。


               ×   ×   ×


 夜の月日に照らされて蛙の化け物が御式町の街の上に立ちすくんでいた。足元の街を見渡し、おもむろに近くの家々を破壊した。


「ヴォヴォオオオオオオオッッ!」


 蛙の化け物が吠えるのを寂しそうな目で見つめる目がある。

 見つめている人間は御式駐屯地の中で自衛隊に銃を向けられているオールバックの男だった。


「頑張りなさいよ。フロッリー。私がその間に偽骸ぎがいどもを破壊してやるからね」

「貴様! 何者だ⁉ ここに何しに来た!」


 一人の指揮官らしき男が侵入者、ネスに声を張り上げ尋ねる。

 ネスは視線を破壊工作をしているフロッリーから自分を取り囲んでいる者たちへと向ける。


「陸上自衛隊特殊災害対応第一係だったかしら? ここが本部なんでしょう?」


 ネスの姿が人間然としたものから全身を鱗が覆いつくし、蛇の化け物と化した。


「昨日の今日でまだ準備中でしょう? 悪いけどそれを壊させてもらうわよ」

「撃てぇぇぇぇ!」


 ネスが一歩踏み出すと自衛隊の銃口が一斉に火を噴いた。

 銃弾が集中してネスに直撃するが硬い鱗に阻まれてダメージを与えられている様子はない。


「悪いわね、私、人間じゃないの」


 一瞬でその場からネスの姿が消えた。


「どこに……⁉ ガッ!」


 隊員の一人の顔面がつよい力で握りしめられ、宙に浮いた。

 瞬間移動のごとき速度で移動したネスが彼の隣に立ち、その顔を掴みあげたのだ。


「あらいい男。でも、私あんたを愛でる余裕もないの」


 ネスが隊員を掴みあげている手に少し力を入れると掴んでいる部分の頭蓋は抉られ、隊員の体は声も上げることなく崩れ落ちて地に落ちた。


「うわあああああ!」


 訓練を積んだ自衛隊員と言っても、人間を超え、その気になれば一瞬で葬れる相手が目の前に現れたらパニックを起こす。

 全員ではないが半数近くが背を向けて逃げ出してしまった。


「待て! 逃げるな!」


 指揮官が声を上げる中、野中とイフが事態を把握するために現場に駆け付けた。


「あれは……魔王の眷属か⁉」

「眷属? 知っているんですか?」

「東京で現れた魔物を出現させる者は皆、人間に化けていた。あのサイズで知性を持った言動。間違いないだろう」

「あら、あたしたちのことを知ってる人間がいるのね」


 ネスが野中に気が付き、視線を向ける。


「魔王の眷属が相手では通常武器は通用しない! 退避させろ! 応援を呼ぶ!」

「了解した!」


 ネスの相手は自衛隊では無理と判断し、指揮官に指示を飛ばす。

 撤退していく自衛隊を負おうとはせずにネスは頭を撫で上げた。


「別に逃げてもいいのだけれども、今回は私たちも本気でね」


 ネスが上空を指さす。


「な、何、あれ……?」


 満月のほかにもう一つ、月が……黒い月が夜空に浮かんでいた。


「フロッリー、私、そしてオウル」


 ネスが蛙の化け物、自分、そして最後に黒い月を指さす。


「今夜は特別でね、全員で来てるのよ」


 ネスの手が異常に伸び、夜空を舞う。


「本気だからここをつぶさせてもらうわね!」


 そして、手を尖らせ、刃の切っ先のようにしイフへと伸びる手刀が突き出された。

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