第四章 決戦
第33話 街を守るということ
御式駅前は夕方で人の姿は多い。
夕日が照らすホームを学校帰りや会社帰りが行きかい、駅前はせわしなく人が行きかっている。
そんな中でポツンと時計塔の下で佇んでいる男が一人、司が時計を見上げて待っていた。
約束の時間はとうに過ぎ、もう二十分以上は待ち続けているが、イフの姿は一向に見えない。
「あの民間、何やってるんだ? どうしてイフを連れてきていない?」
「なんか用事があったみたいよ。学校に書類を出さなきゃいけないとかなんとか」
その様子を草木に隠れて伺っている怪しい二人組がいた。男女のペアで生垣から頭を出して司の様子を覗いている火伊奈とレオは通行人から奇異の視線を向けられていた。
「ああ、なんかそんなもの俺も出せって言われてたな」
「出さなくていいの?」
「大丈夫だろ、それより、だったら提出までついていかなきゃダメだろ。あいつデートをする気ないのか?」
「
「馬鹿野郎。それはイフの罠だ」
「罠?」
「あいつは方向音痴なんだ。それも恐ろしいほどの」
呆れ、何を言ってるんだこの男はという目を向けるが、レオは汗をかくほど緊張した面持ちをしていた。
「どんなに詳しい地図を描こうとも始めていった場所にたどり着くのに一日は優にかかる。たどり着けばいいが、多くの場合はたどり着けない。しかも一度言ったらなぜか道は覚えられるみたいで、二度目はちゃんとたどり着く。それだけにたちが悪い」
「そんな馬鹿な……」
「待っていてもいつまでたっても来んぞ、探しに行こう!」
「え⁉」
自分たちの目的はデートの阻止だったはずだ。それが達成できたのなら無理にそんなことをする必要ないのではないか。
「……いや、来たみたいよ」
火伊奈が安心しかけると、一台のタクシーが止まって中からイフが出てきた。
「タクシーを使うか、考え……どこいくねんあいつ」
謎の関西弁が出た。それも仕方がない。司との距離が三メートルもない地点に降りたというのに司と逆方向に歩いていこうとするのだから。
慌てて司がイフに駆け寄り、合流した。
「ようやくデートの始まりか。行くぞ赤川」
「行くって?」
「何食わぬ顔してあいつらに混ざってデートじゃなくしてやるんだよ。どうせ映画とかショッピングとか行くんだろ? 面白おかしくあらして雰囲気を作らせないようにするんだよ」
心底楽しそうにレオが答える。
だが、
「映画とかショッピングなら電車に乗らないとだめだけど、司さんたち駅から離れて行っちゃうよ」
「へ?」
司とイフは並んで駅に背を向け歩いていく。二人が歩いていく方向にはスーパーとさびれてシャッターだらけの商店街しかないが、なんのつもりなのだろう。
「……とにかく追うぞ」
「追うの?」
若干引っ込みがつかなくなったような様子でレオが司たちの後追う。
「しょうがないか司さん何するかわからないし」
渋々といった様子でレオに続く火伊奈。
予定を変更し、一定の距離を保った尾行が開始された。
× × ×
司とイフが向かったのはスーパーが隣接しているさびれた商店街だった。
どこもかしこもシャッターが閉じられ、いつもだったら一つ二つぐらい店が開いているのだが、今日はどこもやっていなかった。
「ハァ……やっぱ入りやっていなかったか、穴田コーヒー」
司がため息を吐いて「先日の怪獣騒ぎのために休業中」という張り紙が張られた喫茶店の扉を触る。
「ここで休んでいくつもりだったの」
「それができたらする気はあった。だけど、できなくてもよかった」
「どういうこと?」
「周りを見ろよ」
イフが商店街を見回す。さびれ、人影もない。
昨日の戦闘の被害か、隣接したスーパーは半壊し、がれきが駐車場に散乱、商店街の道も穴が至る場所に空いて車は通れそうにない。
「ひどいだろ。ここ、昨日のオオグモが通ったらしいぜ」
「そう……何のつもり? もっと早く昨日の魔物を刈り取っていられたらってこと?」
「それも、ある」
問い詰めるようなイフの言葉を受け流しす。
「次に行こうか」
× × ×
「司さん何やってるのよ」
司がイフを連れていく先々がやっていない店ばかりだった。それもスーパーとか、コンビニとかどうでもいい店ばかりだった。しかも司はどんどん住宅地の方向へと向かって言っている。
やむなく火伊奈とレオは困惑しながら司の後をついて言っている。
「ここら辺……」
「どうしたの、あ……」
レオが足を止めて周囲を見渡している。その意味が分かった。
昨日の戦闘の地点なのだ。オオグモの爪痕や、コバキオマルの足跡がくっきりと地面に残っている。
「もしかして司さんって……」
司を見失わないように、レオと共に追いかける。
「なぁ、赤川、一つ聞いていいいか?」
「一つ? 何よ」
「どうして池井戸のことをさん付けするんだ? 幼馴染なんだろ?」
火伊奈の足がピタと止まる。そして懐かしむように空へと視線が向けられた。
「司さんは、昔は尊敬するべき相手だったから」
「尊敬?」
「私、小学校高学年の時までいじめられてて、それが結構悪質ないじめで、私に話しかける人は誰もいなかったし、私が話しかけていい人も誰もいなかった。それが長く続いて卑屈になってね。唯一話しかけてくれる司に対しても司さんって、それでも司さんは私に構って、そしていじめっ子を説得してね。そういう勇気があった人だったんだよ。だから私は救われて尊敬をして、尊敬を込めてさんをつけてるの」
「へぇ、民間がねぇ、それで今は違うみたいな言い方をしているけど。そうなのかい? ロボットに載って戦うところを見てる限り、今もヒーロー気質っぽいけどな」
火伊奈の司の背中を見つめる目がレオの言葉によって優しくなった。
「今も変わらない。司さんは私にとってヒーローだよ。ただ、気に食わないのが、唯と知り合ってからあいつの金魚の糞みたいになった。だから、ちょっとはカッコ悪くなってんの」
「そうかい、そうかい」
「ぞっこんじゃねぇか」という言葉をレオはつぐみ、司を見失わないように戦闘の爪痕が残る住宅街を急いだ。
× × ×
司とイフが並んで公園のまえを通り過ぎる。二つの滑り台が並んだ不思議な公園。
「ここって……」
イフがつぶやく。
昨日の戦いの舞台の中心となった場所だ。ここでコバキオマル、マルチトルーパー、魔物の三体が戦った地ゆえに倒壊している建物も多い。
「ここにお前を一番連れてきたかった。アレを見ろ」
司が指さすのは家の中心に風穴があいた民家だった。家のまえではそこに住んでいるのであろう中年の男女ががれきの撤去作業を行っていた。
「……あれが何? 昨日の被災者でしょう」
「まず、前提として言っておくのは俺はお前を責めるつもりはない」
イフが眉をしかめた。なぜ、司に責められなければならないのか。
「あそこの家な、昨日お前が踏んだ家なんだよ」
「‼」
司に言われてハッとし、もう一度風穴があいた家を見る。
そこに暮らしている人たちは淡々としていた。何気ない日常のようにめんどくさい作業だがやらねばならないかのように片づけていた。それはイフにとっては感情を押し殺しているようにも見えた。
「どういうつもりだ? 戦闘中……戦ってたんだ。そりゃ踏まないに越したことはないけど……」
「責めるつもりはない。ただ、知ってほしかっただけだ。街を守るっていうことがどういうことか」
「…………」
司とイフはしばらくそのMT1に踏まれ、倒壊した建物を見つめ続けた。日常を壊されても強く、日常を取り戻そうとする普通の夫婦の姿を。
「ボクには守秘義務がある。だから、あの人たちに申告することはできない、けれど……」
「…………」
イフは「けれど」の先を言おうとはしなかった。司も別に聞こうとは思わなかった。ただ、彼女が街を守るためにその街のことを気にかけてくれればそれでいいと。
× × ×
二人が昨日の被害を眺めている光景を火伊奈とレオも見ていた。
「あ~……やっちゃったなイフの奴。でも仕方がないだろ。出てくる方が悪いんだ。悪いのは魔物。俺たちにそこまで責任はねぇよ」
「……ふ~ん」
その一言は火伊奈の逆鱗に触れた。
黙っていようと思っていたことだが、彼には少々思い知らせてやらねばならないようだ。
「レオ。あんた、昨日、オオグモの胸に砲撃をしたでしょ。その弾の一つが私の部活の部長の家に直撃して、部長は家に簡単に入ることもできなくなっているんだけど、それでも責任がないって?」
「………ぁ」
レオの顔が白くなり、火伊奈を見つめる。
火伊奈は責めるような視線をレオに向けて黙っている。
「だ、だから、仕方がねぇって言ってるだろ。俺たちは敵を早く倒すのに必死なんだ。これ以上被害が広がらないように。街を気にかけて俺たちが負けるわけにはいかないんだ」
「だから自分は悪くないって?」
「そうじゃねぇ、そうじゃねぇけど……」
俯き、レオは黙りこんでしまう。拳を震わせ、足も震わせ、逃げ出したいが逃げ出してはいけないとわかっているように。
「あ……」
ここまでショックを受けるとは想定外だった火伊奈はやりすぎたと思ったと慌てたが、
「ふぅ……わかった、わかった。次から気を付けるようにやるよ。なるべくな!」
気を取り直したように一度息を吐くと、レオはさっきのことは忘れたようにふるまった。
「あ……」
「そうだ、俺たちはあいつらのデートを邪魔するために来たんだろ? いこうぜ」
そしてすぐに司たちの方へ走って行ってしまい、渋々火伊奈もついていく。
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