第29話 爪痕
朝になり、司はカーテンを開けた。
朝日が部屋に差し込んで目をくらませる。
「……母さん」
階下から包丁がまな板を叩く規則正しい音が聞こえて部屋を出る。
リビングに入ると司の母、池井戸真澄がいつも通り朝食を作っていた。
「あら、おはよう。司」
「おはよう、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「ん、いいけど?」
息子の真剣な表情に小首を傾げながら手を休めずにキュウリを切っていく。
椅子に座って朝食が出来上がるのを待つと十分もたたずにごはんとみそ汁とサラダが前に置かれた。
真澄も自分の朝食を置き、司の正面に座ると手を合わせた。
「いただきます」
「いただきます。母さん、話があるっていうのは親父のことについてなんだけど」
「ん、何?」
真澄が頬に食べ物をため込みながら返事をする。
「親父ってこの世界の人間じゃないの?」
「そうだよ。お父さんから聞いたの?」
「え、あ、え?」
あっさりだ。随分あっさりと真澄は認めた。
「ど、どうして今まで隠してたんだよ」
「言ってどうするのよ。下手に常識ついてないときにそんな特別ファンタジー情報を伝えたら無駄に厨二病発症させるだけじゃないの」
「ぐ……正論を……」
確かに、自分の親が別の世界の人間で魔法が使えると聞いたら漫画の主人公よろしく自分は特別な人間だと吹聴し、学校で笑いものにされる可能性が高かった。
「あんたも十七なんだし、そろそろ伝えてもいいかもとも思ったんだけど、あたしが変人に思われそうでそれもそれでもうごめんだったから丁度よかったわ。お父さんから聞いたの? 今連絡取れないけど、あんたに何か連絡あったの?」
「違うよ。隣の赤川のじじいのところで働いてる鷲尾さんから聞いたんだよ。あの人もその別世界の人間だったから」
「え⁉ そうなの~、全然知らなかったわ。あの人あっちの話全然しなかったから」
「あとさ……」
親父が昨日ロボットに乗って来たよ。という話をしようとした。が、流石に伝えることはできなかった。
愛する人がもしかしたらこの街の敵の可能性もあるとなると真澄に伝えるのははばかられた。
「親父って本当に出張に行ってるの?」
「そのはずよ。向こうで相当仕事押し付けられて、今連絡とる暇ないほど忙しいらしいけど」
「そう……」
「全く、こっちも大変だったんだから一本連絡入れてもいいのに」
頬を膨らませながらテレビの電源を入れると、昨日の魔物騒動のニュースが流れていた。
画面にはオオグモとマルチトルーパーだけが映し出され、キャスターもコバキオマルと白い
「怖いわよね。ここにもいきなり自衛隊の人が来てね。危ないから避難してくださいって。何も持たずにみんなぞろぞろと公民館まで非難して。まるで戦時中みたいだったわよ」
「…………」
真澄の言葉は適当に聞き流しながら、ジッと画面に映るマルチトルーパーを見つめていた。
× × ×
御式学園への通学路。
司は昨夜の戦いで半壊した家々を見つめながら歩いていた。登校ルートは昨日の戦地のど真ん中を横断する形であり、警察に封鎖され、迂回しながらも、壊れた家々を必然的に見ることになった。
「これは……」
道路はひび割れ歩きにくく、倒壊した家がそこら中にあり、途方に暮れた住民が壊れた家から必要最低限のものを運んでいる。
「これは、いる。ああ、あっちの倉庫の方も見に行かないといけないな……」
「だぁ~、こりゃあぶない……業者に頼むしかないなぁ……」
「…………」
大変そうに、だが悲観せずに淡々と荷物を運んでいる様を見つめ、なにか司は申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。
「おはよう、司さん」
「お、おう……今日は遅いんだな、俺と同じ時間に登校なんて」
後ろから火伊奈が追いついて合流する。
眠そうに彼女はあくびをして体をのばした。
「昨日の騒ぎのせいでテニス部の朝練がなかったからね。何人か被災してて大変だったらしいし、部長の家も半壊したって」
「あの部長さんの⁉」
テニス部の部長、暇なときに遊びに行くと、文句を言いながらもなんだかんだ見逃してくれる優しい部長の顔が頭に浮かぶ。
「部長の家、ここらへんじゃなかったかな……あ、あそこだ」
角を曲がったところに部長の家はあった。
二階建ての一軒家だったが、家の中心に大きな風穴があいていた。巨大な隕石でも落ちてきたような大きな穴で、部屋の中や廊下が外からでも丸見えになってしまっていた。
「部長! お疲れ様です!」
「ん? 火伊奈、おはよう。学校行くとこ?」
家の前にはテニス部部長と彼女の両親が軍手をはめてがれきの除去作業をしていた。
「そうです。部長は今日学校休みですよね?」
「う~ん、こんな感じだしね。貴重品とか家の中だから急いで避難所に持っていかないと。明日には学校に来れると思うから大丈夫だよ」
テニス部部長が心配するなと火伊奈に笑いかける。
「あの……大変でしたね……」
暗い顔で司がテニス部部長に話しかける。
「そうだね……怪獣なら良かったんだけど、これ、あの自衛隊のロボットに受けたダメージみたいなんだよね」
テニス部部長が家の風穴を指さすと大きな砲弾が家の中心部に突き刺さり、それが飛んできたことによる風穴だとわかった。
「あの弾って……」
オオグモからコバキオマルを助けてくれた時、MT2の背中にあった二本の砲塔それぞれから煙が上がっていた。一つはオオグモの胸に当たったが、もう一つはここに落ちていたのだ。
「うわぁ……やっちゃってるな、自衛隊のロボット……」
「まぁ、怪獣が出た時にすぐに避難誘導して、人にケガをさせなかったから一長一短なんだけどね。警察がやらかしたことだから保険がたくさん出るらしいし、もっといい家に住むよ。ハッハッハ!」
全く家が壊れた人間とは思えないほどの笑顔でテニス部部長が笑う。
「……それなら、良かったです」
気にしていないのか、そう思い司もつられて笑った。
「でも、辛いことは辛いんだけどね。この家にもう住めなくなるんだって思うと。お金じゃ買えない思い出があるからさ」
そういいながらテニス部部長は部屋から飛んできたのであろうすすけた熊のぬいぐるみを軍手をはめた手で拾い上げた。
「…………」
「だから、あのおっきなロボット、私は好きだよ」
「え? 知ってるんですか? コバキオマル」
報道規制でコバキオマルは全く名前どころか存在すらニュースで言われていないというのに。
「そりゃ、避難しながら生で見てたからね。そっか、コバキオマルっていうんだ。あのロボット。コバキオマルは家を踏まないように戦ってたじゃない。あんな大きな体して、それに自衛隊のロボットが来る前に戦ってくれてたから、この街の被害も最小限で済んだし。感謝してるよ。この街を守ってくれてさ」
「…………!」
司の胸に熱いものがこみ上げてきた。
火伊奈が嬉しそうに司の肩を小突く。
「じゃあ部長。私たち学校行きますんで。明日には来てくださいよ。部長がいないとテニス部まとまり無くなるんで」
「おう、明日には必ず出てしごいてやるから」
「うへぇ……」
「それじゃあ、部長さん」
テニス部部長と別れ、学校への道を急ぐ。
「俺たちが戦ってる意味、少しはあったのかな……」
「あったんじゃないの? 良かったね、司さん」
司の呟きに少しうれしそうに火伊奈が返した。
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