第三章 アールディモス

第28話 本懐

 御式町中心部にある東新塾。

 その地下にはこっそりネスが作った地下研究施設がある。


「魔王様、もうやめてくださいよ。今日は魔力を使って疲れているでしょう?」

「うるさい! われに命令するな!」


 モンスターシードを握りしめ力を込めているリムルの肩を掴んで引きはがそうとしている蛇原。

 蛇原、梟谷、蛙田は怪物化を解き、外見は普通の人間と変わらぬ姿に戻っている。


「奴が、奴がいたのだぞ⁉ 中途半端な魔物で街を破壊できるものか。強大な。どんなものでも貫けぬ硬い皮膚と絶対的な力を持った魔物を作り出さねば……貴様らもわかったらいい素体を探しに行かんか!」


 リムルの周囲に黒い空間の穴が穿たれ、そこから黒い霧がモンスターシードへと集まっていく。

 リムルの顔色は熱っぽく赤らみ、顔から汗が流れ続け、明らかに疲労している。眼も血走らせ、一心不乱にモンスターシードへと魔力を込めるさまは何かにとりつかれているかのようだ。

 そして、モンスターシードに注いでいる魔力も、すべてが種に向かわず、そのほとんどが空中に霧散していた。

 梟谷と蛙田が顔を見合わせ、頷く。


「ごめんね。魔王様」

「何をッ、ウ……!」


 蛙田がリムルの首筋を手刀でつくと糸が切れたように床に落ちる。

 すかさず梟谷がリムルの体を持ち上げようと手を床と体の間に滑り込ませ、持ち上げる。同時に額に手を当てると高熱で梟谷の手が火傷しそうなほど熱を帯びた。


「あんた凄いわね? そんな技を身に着けてたなんて」

「うん、漫画で読んだ」

「漫画って……よく成功したわね、今」

「成功……しとらんわ! ボケ!」


 梟谷の腕の上でリムルは意識を取り戻し、梟谷の顔に蹴りを食らわせる。


「ぐあ……!」

「貴様ら、部下の癖に大魔王に歯向かいおって許さんぞ!」


 リムルが蛇原、蛙田へ向けて飛び上がった。


「もう仕方ないわね」

「ウン」


 蛇原、蛙田、両名も魔王を迎え撃とうと手を前に構えた。


 三分後……。


「むぐー! ぐー!」


 地下研究施設の扉があき、麻袋に詰められ、頭だけ出したリムルが廊下に放り出された。口には猿轡をかませられ、ろくに話すこともできなくなっている。


「疲れ切ってるくせに無駄に抵抗しやがりまして……悪いですが、しばらく大人しくしててください。あと、魔王様はこの部屋立ち入り禁止にしますんで」


 乱暴に熱さまシートを額に張り付け、びしっと人差し指を突き付けた。


「むぐー!」 


 リムルの抗議の声も聴かず、梟谷は蹴られたあごを押さえながら扉を閉めた。

 リムルのうめき声が外から聞こえてくるが、蛇原は気を取り直して二人に向き直った。


「厄介ね、ブラッドと王立軍がこの世界にいるなんてあの偽骸ぎがい、ユニグリフィスも」

「僕たちも偽骸ぎがいがあればよかったんだけどね。そうすればあんなやつら」

「あいつらと戦ってた時、壊れたじゃないですかい。今更ですよ」


 三人はそろって気落ちしたように肩を落とした。


「ハァ……でも魔王様がこの街を壊すことを望んでいるし。仕方ないからやりますか」


 蛇原がモンスターシードが一面に張り付けられた壁に手を当てる。


「生半可なやり方じゃ、ブラッドには勝てませんよ? どうするつもりで?」

「とりあえずブラッドがどれだけの魔力をこの世界で維持しているかそれを探るのでいくつか使う」


 蛇原がモンスターシードを一つずつ指でなぞる。


「そしていずれは私たちが出るわよ」

「………ゴクリ」


 蛇原の宣言に、梟谷と蛙田は顔を見合わせてつばを飲み込んだ。


「つまり、命を懸けるんですね?」

「魔王様の望みだからね。私たちはあの娘がいなければここに存在してすらいない命。あの娘の望みを叶えるためだったら何でもするわよ」

「……そうだね」


 蛙田が拳を突き出すと、誰ともいわずに皆拳を突き合わせた。


「あの娘の本懐を遂げますわよ!」

「おお~!」


 三人の拳が高々と突き上げられた。


「むぐ……むぐ、ぐぅ~……」


 その一方で扉の外で本懐を遂げさせたい相手は不貞腐れて寝ていた。

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