第30話 提案

 学校に到着し、司と火伊奈はクラスへ向かう。

 クラス中、昨夜の騒ぎでもちきりだった。

昨日どこにいたとか避難したとか、家は大丈夫だったかとか。壊滅した街というのはテレビで見てみると悲壮感漂うものだったが、実際体験し、自分の身の周りに被害がないと人間不謹慎なもので、若干嬉しそうに、特別な体験をしたように嬉しそうに話す。


「おう、おはよう司。お前昨日どこにいたんだ?」


 クラスメイトに一人が顔を輝かせて話しかける。対して興味はないのだろうが。よりエンターテイメントにあふれた体験をした人間を探しているのだろう。

 その通りロボットに乗ってました、とは言えない……。


「いやさ、家にいたよ。俺の家は避難地域から外れててさ。危ないから家から出るなって警察から言われただけだったよ」

「そっか。俺と同じだな」


 クラスメイトはすぐに自分たちのグループの会話へと戻っていく。


「魔物が現れたっていうのに、緊張感がないな」

「そんなもんよ。だからと言って、常に怖がって悲しんでいろっていうのも酷な話でしょ」

「そりゃまぁ、そうなんだけど……あ……」


 窓際で壁にもたれかかり、じっとこちらを見つめているクラスメイトがいた。

 髪を片方隠した転校生、はかりイフだ。

 司はイフへ向かって歩み寄る。すると、彼女も壁から背を話して司を見据える。


「……秤、ちょっと話があるんだけど」

「いいですよ」


 くいっと廊下の方をあごでさす。


「司? どこ行くの? ホームルーム始まるわよ?」

「話があるんだ。ホームルームなんか受けてる場合じゃない」

「秤さんと話って……私も行く」

「へ?」

「二人っきりで何を話すつもりよ」

「いや……まぁいいか。お前も関係あることだし」


 廊下に出る司とイフ、そしてその後を追う火伊奈。


「あなたたちどこ行くの?」


 教室を出た瞬間、出席簿を持ったアールと出くわした。これから、教室でホームルームを始めようとしているのに、早速出ていこうとしている不良生徒たちに対して不機嫌そうな視線を送っている。


「すいません先生。俺たち大事な話があるので、失礼します」


 アールの横を通り過ぎていく司とイフ。


「失礼、させません」

「ぐえ!」


 アールは司とイフの首根っこを掴んでそのまま足で教室の扉を開け、二人を放り込んだ。


「ハイ、ホームルーム始めますよ」


 そのまま何事もなかったかのようにホームルームをはじめ、火伊奈はそっと自分の席に戻った。


             ×   ×   ×


 一時限目が終わり、ようやく話ができる時間ができたことで、イフを屋上まで呼びだす。

 司は若干思いつめたような表情でイフを呼び出し、彼女と向かい合っているが、イフは余裕がある笑みを浮かべて司の様子を伺っている。


「それじゃ、一つ聞きたいことがあるんだが、昨日のMT1と呼ばれていた自衛隊の所有しているロボット。アレに乗っていたのは」

「私だよ」

「ちょ、食い気味……やっぱりか……コホン」


 イフのペースに飲まれそうになり、咳払いで調子を取り戻す。


「え、何そんな話?」


 イフではない、扉の方から声が聞こえる。


「……何の話だと思ったんだよ、火伊奈?」


 壁にもたれて立っていた火伊奈が驚いて体を壁から離す。


「いや、だったらいいや。あたしもう教室戻るわ」

「何しに来たんだお前……」

「それで話って?」

「ああ、俺がコバキオマルのパイロットだっていうことは察しがついているんだろう?」


 帰ろうと扉に手をかけた火伊奈が振り向いて司を睨みつけた。

 この野郎何をばらしてやがるんだ、一応自衛隊関係者相手だろう。もしかしてあたしのこともばらすんじゃねぇだろうな?


「俺たちはじじいの命令であの魔物と戦った。ああ、じじいっていうのはあの火伊奈のおじいちゃんで。あいつも俺と同じコバキオマルのパイロットな」

「赤川さんも?」

「あふっ……」


 バラすなバラすなと念を司に送っていたが虚しく司はバラし、火伊奈の頭が扉に向けて落下した。

 火伊奈の様子がおかしいとちらりと火伊奈を見やったが、扉に頭をつけて動かないところをみるとイフに視線を戻した。

 彼女へ指を三本突き立てる。


「呼びだした要件は三つある。一つは秤があのマルチ…トルーパー……? の一番機MT1のパイロットかどうかの確認」

「呼んでたもんね、つい返事をしちゃったけど、気づくかなっとは思ったよ」


 あごに手を当てて、司を試すような視線を向けるイフ。

 司が指をどんどん倒していく。


「次は自衛隊が今後あのマルチトルーパーをどう運用していくつもりなのかということ。そして最後は、俺たちコバキオマルを認め、連携を要請したいということ」

「連携……? ボクたちとかい。いきなり来たよそ者に対してよく背中を預けさせてくれと言えるね」


 意外な言葉が出たとイフは少し目を見張ったが、司は首を振った。


「お前は俺を守ってくれただろ? 俺もお前を助けた。互いに信頼を置けるだけの行為はしたと思うんだが」

「そうかな。君が介入しなくとも、MT2の次の砲撃であの魔物は倒せていた可能背が高いんだけど」

「ぐ……」


 それについては確かにそう思う。だが、今はこの理屈で五里推すしかない。



「俺たちはこの街を守るためにコバキオマルを使いたい。そのためにそちらと協力するのがベストだと俺は考えているんだが、秤はどう思ってるんだ?」

「大人だねぇ、司。あのスーパーロボット一人で怪獣退治をしてヒーローになりたい! そうは思わないの? 邪魔じゃない、ヒーローが二人もいるとさ」


 イフは細い腕を掲げ拳を握りしめた。

こちらを挑発するような目を向け、司の真意を測ろうとしているように見えた。


「邪魔、じゃない。というか……任せられるのなら俺は戦わない。だけど、コバキオマルの力も必要だと思うんだ。魔物には」

「……なるほどね。まぁどちらにしろそれを決めるのはボクじゃない。上の方だ。だけど、コバキオマルは兵器だ。あんな巨大な怪獣を倒せるだけの武装を持っている。ということは当然銃刀法もろもろを違反して本来であれば、君たちは今身柄を抑えられてもおかしくない状況だっていうことだよ」


 それは思ってた。ぶっちゃけ昨日の夜は警察が来るんじゃないかと思って司は寝ることができなかった。


「じゃあどうして、俺たちはまだ身柄を抑えられてないんだ? コバキオマルがどこにあるのか、自衛隊ならもう調べてあるんだろう?」

「まぁ場所も、作った人間も経緯も把握しているよ。ただ、それ以上に早々に対策を打たねばならないのが昨日出てきちゃってるからね」


 対策を打たねばならない相手……昨夜途中で乱入してきた白い翼を持つ巨人。


「ユニグリフィス……」


 司の父親……かもしれない存在。

 昨日は姿を見せ、魔王を威嚇するだけで帰っていった。正直敵か味方かまだ分からない。


「あれは敵じゃないんじゃないのか? だって、俺たちを助けてくれただろう」


 魔王があのまま魔法の巨大な鎌を振り下ろしていたら自分たちどころか、この街がどうなっていたのかもわからない。


「それを決めるのも、ボクじゃない。そして、ボクの上司でもない。彼ら、ユニグリフィスたちだ」

「…………」


 司は、あの偽骸ぎがいについてどうしたいのか、まだ結論が出ていない。

 あれが本当に父親だとすれば戦うのをやめさせて話がしたいし、自分たちだけで戦うというのならそれを止めたい。

 だが、イフが言うように敵対するまでもないとは思う。

 イフは指先を顎に当て、思案するように空を見た。


「そういえば、二つ目の質問に答えていなかったね。マルチトルーパーをどう運用していくつもりなのかって。基本的にはああいう巨大な災害といえる生物、それが操る存在が出現したらそれを退治するために出動し、退治するだけだよ。そして……義骸が敵として出現したとしてもね」

「そうか……敵なら、そいつを倒すために戦うってことだな。どんな手段を使っても」

「そう、ボクたちにはそれが求められている。災害が広がらないように迅速にそれに対処する。速さが何よりも求められるんだよ。被害が最小限に抑えられるように」


 イフは困ったように肩をすくめて首を振った。敵を倒すだけが仕事ではなく、速さまで求められるのはハードルが高いとでも言いたげだ。


「話は終わったかい? じゃあ、ボクは行くね」

「ああ、話は終わったよ。最後に一つだけいいか?」

「ああ、何だい?」


「今日俺とデートしないか?」


「「ハァ⁉」」


 声が二重に重なった。一つは当然突拍子もない誘いを受けたイフのもので、もう一つは「こいつ阿呆だろう」と目を飛び出させんばかりに見開いた火伊奈だ。

 そんな二人の驚愕をものともせずに司はニヤリと口角を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る