第22話 戦闘開始

 コバキオマル現場到着一分前———。


 家と家の間を縫うようにしてコバキオマルは進んでいた。建物と建物の隙間を見つけ、そこへ向かって跳躍し、次のポイントを唯が探して、そこへ向かって跳んでいく。

 工場から飛行して現場へと向かうつもりだったが、そんなことはできないと唯に一蹴され、仕方なくの移動手段であった。


「飛ぶことができないなんて本当に……」

『どうして飛べると思う? この形状で。跳ねることはできるが、飛行はできんぞ。アニメじゃあるまいし』

「このロボット自体がアニメみたいなもんじゃないですか」

『それはそれだよ、司。見えた。もうすぐ着くぞ』


 モニターの先を見つめると、火の海の中に立つ巨大な蜘蛛の怪物が見える。


「あれか……」

『決め台詞を考えておけよ。司。スピーカーをオンにしておくからな』

「は⁉ 決め台詞?」

『唯⁉ 何言ってんの?』


 突拍子もないことに工場を飛び立ってからずっと沈黙を保っていた火伊奈も突っ込みの声を上げる。


『当然だろう、街を守る唯一の牙なんだ。正義の味方と認知されるために決め台詞は必要になるさ』

『当然ってことに全然納得できないんだけど……司、いいからパパッと終わらせるわよ』

「火伊奈、このコックピットメモ帳ないか?」

『ええ……』


 司が速攻で唯に同調し、ドン引きする。

 唯が言うことならば間違いはない、司はそう確信していた。


『あるぞ、右ひじの下に収納ボックスがある』


 唯の言葉通り、右ひじの下の蓋を開けるとペンとメモ帳とマニュアルらしき冊子があった。


「え~っと……街守る牙……」


 モニターを見ながらコバキオマルの操縦と、思いついたことをメモに書く作業を同時に行う。


『ああ、街を守る唯一の牙は私が使うから駄目だ』

「ええ⁉」

『司……』

「なんだよじじい⁉」


 突然モニターいっぱいに権五郎の顔が表示され、つい荒っぽい声を上げてしまう。


『名乗りを言うときは、横のライトアップのボタンを押すのを忘れるなよ。関節のライトアップはこういう時にしか使えないのだ……』 


 サイドの細かい操作をするコンソールボタンの内、ライトアップと書かれたボタンを発見する。


『使わねば給料五十%カットする』

「ふざけんなよじじい……」


 正直使いたくないので顔をしかめていると、じじいがとんでもないことを言い出し、呆れて強く言う気力もなくなる。


『司! もう足元に敵!』

「え⁉」


 コバキオマルのモニターを足元へと切り替えるとそこに蜘蛛と人間を融合させたような不気味な巨体があった。


『……ご到着、だな』

「ィィ!」


 やるしかない、決意を固め、ハンドルとレバーを操作してコバキオマルの姿勢を正す。 

 飛び蹴りの態勢を整え、怪物を見据える。

 段々、怪物が視界いっぱいに広がってくる。まるで、自分が流星になって降り注いでいるかのようだ。

 コバキオマルの蹴りが蜘蛛の頭部にさく裂した。

 そのままコバキオマルが蜘蛛の怪物を踏み抜き、大地に立つ。


流星一蹴りゅうせいいっしゅう、ただいま到着‼ 光の荒鷲あらたか———コバキオマル‼」


 コバキオマルの関節各部から放射される金色の光が街と、コバキオマル自身を燦然と照らす。ちゃんと司は忘れずにライトアップボタンを押した。これで給料はカットされない。


「ど、どうかな……」


 高らかに名乗りを上げた。

 名乗りを上げるなど生まれて初めてなので、正しかったのか、いや、かっこよかったのかわからず緊張する。


『決まったな』


 唯のその一言に救われ、ホッと胸をなでおろす。


『馬鹿じゃないの? 大蜘蛛が動くよ!』

「わかってる……!」


 火伊奈に注意され、蜘蛛の化け物に集中する。

 足元の蜘蛛の怪物が身を跳ねさせてコバキオマルを吹き飛ばし、コバキオマルも空中で体制を正して何とか道路の上に着地する。


『うむ、無事現場に到着したようだな!』


 通信が入り、権五郎の顔がメインモニターいっぱいに展開される。


「ちょ、じじい! 前見えな……」

『諸君、今後、あの怪物をオオグモと呼称し、作戦行動に当たってくれ。それではコバキオマル……』

『司令、モニター調整間違えてます!』


 鷲尾が慌てて横から入って通信を切る。


『司! ライト切って!』

「なっ⁉」


 権五郎の顔が消えたとたんに蜘蛛の化け物———オオグモの眼前に迫る。

 鋼のような足の攻撃をかわすのはもう不可能と判断し、ガードの態勢をとる。


「くぉ……!」


 強烈な一撃に吹き飛ばされ、機体が揺れる。だが、体制は何とか崩れずに、そのままの姿勢で後方へと着地した。

 オオグモが間髪入れずに攻撃を加えようと接近してくる。


「チッ……何か武器は⁉」


 ライトがオオグモを刺激していると理解し、ライトアップを切り、武器が出そうなボタンを探す。


「あのじじい! ライトとか無駄な機能つけてないで武器を……」

『肩にブーメランがある。それを使え!』


 唯の言葉に従い肩の突起物を掴むと外れ、くの字の刃となる。

 武器のチョイスに不満があったが、今はこれでやるしかない。

 司はアクセルを踏み、オオグモへとコバキオマルを突っ込ませた。


「どうしてこんな使えないようなのを……!」

『両肩だ! 両肩にある!』

「はあ……⁉」


 オオグモの足に片方のブーメランを打ち付け、反撃が飛んできたところに唯が言った逆側のブーメランを取り出し、受け止める。


「くっ!」


 次々と繰り出されるオオグモの二本の足の攻撃。それを両手持つブーメランで何とか受け止めつづける。


『防戦一方だな』

「……ッ!」


 言われなくてもわかってる。だが、どうやっても。


「遅いッ……!」


 コバキオマルの腕の動きがオオグモの動きを下回っている。隙を見つけても次の攻撃の対処をしなければいけないため、攻撃に転じることができない。


『機関部は全く問題ないわよ!』

「わかってる!」


 火伊奈の声に乱暴に返してしまう。


「クソ! 難しい!」


 そうだ、問題はコバキオマルじゃない。俺なんだ!

 コバキオマルの操縦を初めてやる司は相手の行動に対する対応、そのためにどうしなければいけないか、その判断に時間がかかってしまう。

 そのため、どうやってもコバキオマルの操作がぎこちなくなり、


『司! ガードだ!』

「え?」


 一瞬だ、その集中が切れた瞬間だった。

 オオグモの足がコバキオマルの胴をとらえ、直撃した。


「がああああああ!」

『きゃああああああ!』


 悲鳴と共に街の上を転がっていくコバキオマル。


『無事か⁉ 司、火伊奈!』

『何とか……司さんは⁉』


 揺れる頭を押さえ、何とか声を絞り出す。


「俺も、無事だ……」


 だが、今の一撃で少し……精神的にきた。

 オオグモはまだ元気に足を鳴らしてこちらを見ている。

 こんな操縦がおぼつかなくてあんな化け物に勝てるのか……?

 目を、そらして下を向いてしまう。


「………」

『司! 攻撃が来る!』

「!」


 メインモニターには胸部を輝かせるオオグモの姿があった。


『ハオオオオオオオオ!』


 やられる。

 そう感じ、閉じかける視界の中、黒い影が映った。


「え?」


 銀色の装甲をした半人半虫のロボットだった———。


 上半身は人型だが、下半身は蜘蛛の足のように多脚型をしており、オオグモを小型化した機械のように見えた。

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