第20話 コバキオマル、発進。

 鉄の扉が勢いよく開かれ、工場内に音が反響する。


「ハァ………ハァ……」


 全速力で走ってきた司は膝を笑わせながら、唯と共に中へと入る。


「待っていたぞ、勇者たちよ」


 仁王立におうだちで権五郎が出迎えてくれた。


「コバキオマルで街を守る決心はついたか?」

「わからない……だけど、やれることがあるのに、何もしないのは。できないのにしないのはおとこじゃない。じじいもそう思うだろ?」


 権五郎はにやりと笑った。


「わかっているじゃないか。ならば行け!」


 権五郎の更に後ろに控えるコバキオマルを指さす。鷲尾工業の従業員たちが忙しくコバキオマルの整備をし、下腹部のコックピットには火伊奈の姿もあった。


「守ってみたまえ! 大いなる力でこの街を!」

「おうさ!」


 権五郎とすれ違って、コバキオマルのコックピットを目指す。


「頼んだぞ、コバキオマルこそ、この街を守るただ一つのスーパーロボット。唯一の希望なのだ」

「わかってるって……っと」


 勇んで歩んでいた足を止め、引き返す。


「む?」


 権五郎へと手を伸ばす司。


「説明書ちょうだい。アレの操縦方法なんて知らんぞ」

「………」


 権五郎の眉がヒクッと動き、司が期待し顔を明るくする。

 だが、次の瞬間には尻を蹴られていた。


「そんなもの直感でどうにかなるわ! とっとと乗り込め!」

「はぁ⁉ どうにもなるわけないだろ!」


 尻を蹴られて頭に血が上ったが、権五郎と問答してもマニュアルはもらえそうにもなく、仕方なくコックピットへと向かっていく


「全く、操縦方法も知らずに動かせるわけ……」

「動かせるわよ。司さんなら」


 途中で通りかかったサブコックピット前で火伊奈ひいなが告げる。

 パソコンを操作しながら至極当たり前に言っていた。


「どうしてそんなこと言えるんだよ。火伊奈」

「コックピットに入ってみたらわかる」

「?」


            ×   ×   ×


 御式ごしき自衛隊じえいたい駐屯地ちゅうとんちの門を一台の黒いバイクが通過する。

 小柄なライダーが駆るそれは迷わず駐屯地にあるハンガーに向かった。

 ハンガーのシャッターは閉じられ、その前にライダーと同じようにライダースーツを着た二人の少年少女の姿があった。

 一人は長い髪を結んだ少女———瓶筒びんづつアクア。そしてもう一人は御式学園高等部一年に入学してきた少年、ライオンの鬣のような髪形をした、獅子ししレオンだ。

 ライダーがヘルメットを取り、バイクから降りる。

 片目を隠した髪形をした小柄な少女、はかりイフがアクアの隣に並ぶ。


「そろったな」


 彼らの前に自衛官の制服を着た、長身の女性が立つ。


「ハイ、野中一佐。陸上自衛隊特殊災害対応第一係。マルチトルーパー搭乗員三名。ここにそろいました!」


 イフが敬礼をして報告をする。

 三人の前に立つ野中一佐と呼ばれた女性は一つ頷き、熱のこもった目で三人を見渡した。


「よし、では見せつけてやれ。我々の苦節と執念の成果を! 貴様らは一発の弾丸だ、例えその身が弾けても、その弾は敵の殻を抉り、必ず目標を沈黙させる! 必ず魔物を討ち滅ぼせ!」

「了解ッ!」


 三人が野中へ向け敬礼する。


              ×   ×   ×


 火伊奈ひいなの言う通りコックピットに入って見たら確かにわかった。

 ハンドルと、アクセルとブレーキペダル、ほとんど車の運転席だった。

 ただ、細部がところどころ違い、普通の車の運転席にはついていないボタンや計器類、レバーが取り付けられている。だが、それも司は見たことがあった。


「こ、これ前に乗ったやつ~~!」


 以前に権五郎に無理やり運転練習をさせられた車の運転席そのものだった。


『その通り! 実は貴様は以前にコバキオマルの操縦練習をしたことがあるのだよ!』


 運転席のサイドにつけられたモニターから権五郎の映像と音声が流れる。


「そうか、そういうことか」

『というか、君もその時に気が付けよ。普通の運転とは違う操作を求められたりしただろう』


 別のモニターに唯が映し出され、司に突っ込む。 

 確かに、その時は「飛行」や「射撃」ということについても教えられ、疑問に思ったが権五郎と鷲尾に「運転ってそういうものだから」と押し切られ、納得して練習をした。


「初めて車を運転したんだからわかるわけないじゃないですか」

『だが、それが今回役に立つというわけだ! 良かったな司』


 司はシートに座りながら、権五郎の通信に「全然よくねぇよ」と悪態をついた。

 コックピットハッチを閉める。

 コバキオマルの頭部のカメラから贈られる映像がメインモニターに映し出される。

 コックピット内は暗く、まだモニターの光しかコックピットを照らしていない。


『さあ、起動させてくれ、司。君しか起動はできないのだから』

「起動……これか」


 起動トリガーと書かれたノズルをひねる。

 急に全身に脱力感が襲った。


「お……」


 シュイイインと機械音菓子、コックピット内に明かりが灯っていく。


『よし! コバキオマル‼ 発進!』


 権五郎が宣言すると同時にコバキオマルの周囲にいた従業員たちが大慌てで逃げていく。


「よし…………これどうやって出るの?」


 工場施設内にはコバキオマルが通れそうな出口はない。

 大型重機が入れられるシャッター口は作っているが精々せいぜい二、三メートル程度。五十メートル越えのコバキオマルが出られる出口どころか、そもそも寝そべったままで立ち上がることすらできない。


『あ~、それはだな……壊せ』

「へ?」

『壊すのだ、天井を』

「そんなこと……じじいとか、従業員が危ないだろう?」


 気まずそうにしている権五郎の横から鷲尾が出てきて補足する。


『大丈夫想定済みだから。僕たちも途中から出られないってことに気が付いて。もう解体してもどうにもならないところまで来ちゃったから、出撃の時は壊すしかないって覚悟はしてたから』


 そういって鷲尾はヘルメットをかぶる。


『気にせず行ってくれ。司君。君の力で、僕らの悲願を遂げてくれ』

「そんなら、遠慮なく!」


 アクセルを思いっきり踏み込む。

 コバキオマルの目が光り、ギギギと全身の関節がきしみ、ゆっくりと動き出した。

 地面に手を付け、足を曲げ、ゆっくりと体を起こしていく。


「おおおおおおッ!」


 その様子を見ていた権五郎ほか従業員たちから歓声が上がった。

 コバキオマルの頭部が工場の天井に当たり、


「行けぇぇぇ!」


 突き破った。

 破片が落ち行く中、権五郎は涙を頬に伝わせながらその光景を見ていた。


「我々の二十年がみのる……」


 コバキオマルが大地に立った。

 足元の工場は壊滅的な被害を負っているが、コバキオマルの装甲には傷一つない。足元の街頭に照らされた輝く姿を夜の闇の中に映し出していた。

 権五郎は指を天高くつき上げた。


「コバキオマル! 発進!」


 権五郎が宣言すると同時に、コバキオマルの背にウイングが展開され、バーニアが噴きあがり、夜の空へと飛んでいった。

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