第19話 戦いへ
遠くに見えるビルの隙間から黒い人間の頭部のようなものが見え、至る場所から噴煙が上がっている。
アールの暮らしているアパートの前で息をのんで
「来た……か。行くぞ司」
「行くってどこへ⁉」
現実離れした光景をいきなり見せつけられ、若干司は混乱している。
「鷲尾工場だ。コバキオマルを出撃させ、敵を迎え撃つ」
「そんな、できるわけが……それに、先生たちに知らせないと! こっちに向かってきてる!」
「あの魔物との距離はまだある。慌てて知らせたところでパニックを増長させるだけだ。音は聞こえたはずだ。自分たちで落ち着いて避難するだろう」
「でも……」
「あなたたち、こんなところで何をやってるの⁉」
司と唯が問答を繰り広げていると、家から飛び出したアールが二人に走り寄る。アパートの入口には
「今の音が聞こえなかったの! 早くここから逃げ出しなさい!」
アールは困惑し、周囲を見渡し、扉の前で見つめている時子へ視線を送る。
「……避難しましょう。一緒に!」
目を合わせ、なにかを決めたように時子と頷き合った。
そして、振り返り司の手を掴んで逃げ出そうとする。
二人がつかんだ手へ横から唯が手を伸ばし、アールの手を掴みあげる。
「いえ、ディモス教諭。我々には行く場所があるので、ともに避難はできません。貴方は
唯が時子の方を見る。
が、アパートの扉の前には時子はもういなかった。
「………」
「とにかくこういう時に行くべき場所もないでしょう! 教師としてあなたたちの安全を確保しないといけないの、私は。すぐに避難するわよ」
アールが唯の手を振りほどき、司の手を強く引く。
「……司、今この事態を……街を守れるのは君だけなんだぞ! その手を振りほどけ!」
「え?」
唯を振り返る。
彼女はその場から動かずにじっと司を見つめていた。
「そんなわけないでしょう! あの魔物は私たち、大人に任せなさい。あなたたちはおとなしく避難しなさい! 命令よ!」
「司!」
「………」
司は俯いた。迷った。
戦いたくなどない。それに、戦えるかどうかもわからない。
魔物がいる方向を見る。
遠くに上がる噴煙―――。
地上の明かりで照らされる暗くなっていく夕焼け空――――。
遠くから聞こえる悲鳴――――。
あれを止めるのは自衛隊にでも任せておけばいい――果たして本当にそうだろうか?
止められる力があるのに何もしなかったら。
きっと、後悔する。死んでも残るほどの強い悔いが残る。
「先生。ごめん。俺、多分やらなきゃいけない」
優しく、アールの手を振りほどく。
「池井戸司……君……」
「行きましょう、会長!」
「ああ」
迷いを振り切るようにアールに背を向け、鷲尾工場へと走り出す。
「待って、私は貴方のお父さんに……!」
「……!」
背中からアールの声が聞こえたが、今は立ち止まる余裕はなく、声を振り切るように走る足を速めた。
× × ×
現在彼女は下着しか身に着けておらず、足元には黒いライダースーツが置かれていた。
「……似ているなぁ」
魔物を見つめながらどこか呑気な感想を漏らす。
机の上に乗っけた携帯がなり、すぐにイフはとり耳元に当てる。
「はい、秤です」
『イフ、魔物は確認したか?』
電話口から女性の声が聞こえる。
「はい、一佐の想定通り次は巨大な魔物が出現しましたね」
『ああ、マルチトルーパーが作られたのは無駄じゃなかったな』
「ボクたちも、ね」
『そんなことを言うな。準備は整った。急ぎ御式自衛隊基地へ集合しろ』
「了解」
ライダースーツを身にまとい、玄関のヘルメットを掴み、イフは外へと出た。
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