第18話 大魔王リムルの進軍

 夕日が照らす御式ロイヤルマンションの屋上へと蛙田かえるだ梟谷ふくろうだに蛇原へびはらがやってくる。

 二十五階もある高さの高級マンションで、その屋上までくると視界を遮る建物が何もない。夕日が沈んでいく遠くの山々まで見える。


「ああ、いたいた魔王様」


 蛙田が夕日を正面から受けて、長い影を作る人物を見つけ、走り寄る。

 フェンスを手でつかみ夕日を見ているその人物へと駆け出す蛙田に続くようにのんびりと蛇原と梟谷が歩いてくる。


「お久しぶりです、魔王様。元気にしてましたか?」

「人にしんがり押し付けて先に帰っておきながら、随分乱暴な命令を下さるじゃないですかい。魔王様」


 にこやかに笑う蛙田と対照的に梟谷は悪態をつく。だが、表情は心なしかほころんでおり、本心から怒っているわけではないように見える。


「うん、よく来てくれた。そして、今までの任務ご苦労だった。フロッリー、ルオウ、ネス」


 少女の声だった。

 フェンスから手を離し、魔王と称された人物が、ねぎらいの言葉を伝えながら振り返る。


「これより我々は第二の世界征服計画へと移行する」


 可愛らしい声とは裏腹に、深々と被ったキャップ帽子と、蒼いジーンズをはいた少年が、手を上げて宣誓する。

 少年はまさしく朝に司と遭遇した少年だった。

朝いじめられていた時と雰囲気が変わり、今は自信に満ち溢れた表情を三人に見せているが。


「世界征服計画ねぇ、じゃあその恰好は相応しくないんじゃない? 魔王———リムル様」


 蛇原の指摘を受けて、少年はキャップ帽子を脱ぎ捨てる。

 キャップと、その下にもかぶっていた黒髪短髪のカツラから解放された魔王の、彼女の金色の髪が風に流され、なびく。

 服も脱ぎ捨てるといつの間にかマントとその下の黒装束に変わる。

 二十年前、この世界に降り立ったイノセンティアの魔王、リムル・フォン・バーン・ドミナスは、時間を経た現在でも全く変わらず幼女のままの姿で部下たちの前に姿をさらけだした。


「貴様ら、忘れておるようじゃが、魔王ではない。魔王改め、我こそは大魔王、リムル・フォン・バーン・ドミナスである! 眷属ども。それでは行くぞ! 我々はたった今からこの街を更地にする!」


 眷属たち三人は顔を見合わせてにやりと笑う。


「調子が戻ってきたじゃねぇですかい。やっぱ魔王様、いや大魔王様は孫くらい自信満々でいねぇと」

「目立たないためとはいえ、これほど気弱になる必要はないんじゃないの?」


 梟谷が嬉しそうに拳を鳴らし、蛇原は落ちたキャップを拾い上げる。


「あれはあれで我は楽しんでおるんじゃ。下の立場から見みえる人間の愚かしさをな」

「本当に? 悪趣味のふりして本当はうまく溶け込てないだけなんじゃないの?」

「戯けが、うるさいわ。とっととモンスターシードをよこせ」


 リムルが手を差し伸べる。


「あ、あ~……」


 バツが悪そうな顔をする三人。その光景に疑問を持ちながらも待つと、梟谷が厳重に密閉されたカプセルを渡す。


「おお、これは……ん? 一つだけか?」


 カプセルを意気揚々と開けた大魔王だったが、予想していたびっしりと箱に詰まったモンスターシードはなく、ただ一つのみだった。

 眷属の三人は顔を見渡す。


「だって実験もしてない、爆発する可能性のある危険な種。そう何個も持っていけるわけがないでしょう?」

「我は全部と……」

「現実問題無理だったんだって」

「えぇ……まぁよい。では早速始めようとするか」

「始める? 第二の世界征服計画って、具体的には何をするんですよ?」


 梟谷に聞かれ、リムルが種を取り出し、逆の手でポケットをあさる。


「計画といったが、やることは恐ろしく簡単じゃ。この街、御式町を破壊しつくすそれだけじゃ」

「この街を? それでどうするんだ?」

「この街はイノセンティアとつながる門がある場所に作られた街じゃ。我々がイノセンティアからこの世界にやってきたとき、ここに落ちたのは門が元々作られていた場所だからというわけじゃ」

「門? それがどこにあるんだよ」


 リムル足元を指さす。


「この、真下、じゃ。御式町は巨大な門の扉の上に作られた街。ここは元々イノセンティアとこの世界をつなぐ交易都市のようなものじゃった。それが何らかの理由でふさいでその上に街を広げたんじゃろう」

「何らかの理由って?」

「知ったことか、とりあえず我々がやるべきことは門を開き、更なる魔王軍を呼び入れることじゃ。そのために……」


 リムルがポケットから取り出したのは一匹の蜘蛛。


「こいつを使う」


 蜘蛛に種を食い込ませ、察した蛇原が緑の培養液の入った注射器でクモの体内に培養液を流し込む。


「キキキキキキキッッッ!」


 蜘蛛の全身がガタガタと震え、節々が不自然に膨張、収縮を繰り返し、異様な音が鳴り響く。


「行け、第一の使徒———バアルよ!」


 暴れる蜘蛛を屋上から地上へと投げ落とす。

 蜘蛛の周囲に黒い霧が立ち込め、徐々に霧は肥大化し、破裂した。


「キショォォォォァウッッッ‼」


 悲鳴のような鳴き声が響き、禍々しい蜘蛛の魔物、バアルが周囲の建物を破壊し大地へ降り立った。

 八つの腕は鋭く刃のように硬質化し、地面を抉る。そして、蜘蛛の頭の付け根から、別に

人間の上半身のようなものが生え、その先にも頭が付いている。裸の女性のような姿を形作っているそれには。赤い目が輝き、胸には赤い宝玉のようなものが埋め込まれている。


「ハオオオオオオオオ!」


 人間の頭部の方が歌うように鳴き、宝玉が輝きを増す。

 赤い光が収束していき、やがて解き放たれた。

 街に轟音が響く。

 バアルの胸から放たれた赤い光は軌道上のビルや家を破壊し、炎をまき、空へと噴煙を上

げる。


「行け、バアル‼ 邪魔な街を破壊し、門を開け放つのだ!」


 屋上で手を振り上げ、大魔王が命令する。眷属の三人は王の前にひれ伏し、膝をつき首を垂れている。


 大魔王リムルの進軍が始まった。

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