第15話 アール・ディモス

 時間が流れた昼休み。

 学食はにぎわい、どこもグループを作って談笑しながら食べている。その中で一人ポツンと隅っこに座って親子丼を食べているのは尾上唯である。

 生徒会長としての激務が久々に落ち着いた昼休みのはじめ。のんびりと食事をとることができているが、彼女の机には誰も座っていない。


「ハァ……ハァ……やっとけた……!」


 ボロボロに髪を乱れさせ、衣服のあちらこちらに汚れをつけた司が倒れこむように唯の前の席に座る。


「ど、どうしたんだその恰好⁉」

「いや、ちょっとクラスでいろいろありまして」


 司の右手には壊れた手錠がはめられ、首にも縄の輪っかがかけられていた。


「本当に何があったんだ……まるで拷問を受けた跡じゃないか」

「まるでも何もその通りなんですけどね」

「え?」

「司さんが可愛い転校生と知り合いだったから、クラスの男子が嫉妬して追及がてらストレス解消をしてたんですよ」


 司の隣に火伊奈が座り、昼食を乗せたお盆を机に置く。


「転校生?」

「司さんが昨日学校を案内したって」


 お盆の上に載った二つのかつ丼のうちの一つを司の前に置きながら火伊奈が話す。


「そういえば、今日来たアール先生も司さんの名前覚えていたわね。司さん、アール先生とも会ってたの?」

「え、いや、会ってないけど。そういえば……」

「アール先生? 外国人か?」

「そ、春から来るはずだったんだけど、ケガで入院して今朝来た新任教師。唯は何か聞いてたんじゃないの? 生徒会長なんでしょ?」

「あ、ああ、そういえば、そんな話があったような。だけど、今日来るとは聞いてないな。それよりも、君たちのところにも転校生が来たのか?」

「君たちのところにも?」

「私のクラスにも来たんだ。名前は瓶筒びんづつアクア。大人しい感じの文学少女といった雰囲気だったよ」

「唯のところにも……へぇ……なんか」

「怪しくないか? なぁ、司?」


 二人が緊迫した雰囲気で司を見るとようやく息が整ってきた司が自分に話を振られていることに気が付き姿勢を正す。


「え、あ、怪しい? 何が?」

「今日だけで人が増えすぎている。何か良くない兆候だと思わないか?」

「勘ぐりすぎでしょう……偶々タイミングがあっただけなんじゃないですか? あ、あの人ですよ会長。例の美人外国人」


 赤いスーツが目立つアールが周囲の注目を集めながら歩いている。手にはお盆をもって司たちと同じように昼食を食べに来ているようだ。

「ふむ」


 唯が立ち上がる。


「あー……彼女のファミリーネームは?」

「ディモス。アール・ディモス」

「ディモス教諭! 開いてる席がないのならこちらへどうぞ!」


 突然、アールを誘う唯。

 アールは顔を明るくし、すぐにこちらへとやってくる。


「か、会長。いきなり何やってるんですか」

「ちょっとした親睦会だよ。ああ、どうぞ、アール教諭」

「ハァ……」


 平然と隣に座らせる唯には呆れるしかないと火伊奈はため息を吐いた。


「ありがとう。えっと、池井戸司君と、赤川さんと……あなたは?」

「生徒会長の尾上唯です。漢字は尾っぽに上、そして唯一の唯で尾上唯です」

「そ、そう。よろしく尾上唯さん。私はアール・ディモスよ。今日から二年B組の担任になったわ。いろいろ至らない面もあるかもしれますけど、よろしくお願いします。生徒会長さん」

「いえいえ、こちらこそ」


 互いにお辞儀をし合う唯とアール。


「時に、ディモス教諭。この学校に赴任する直前にケガをされましたと聞きましたが、何をされてたんですか?」

「されて、え? い、いや普通に車に轢かれて……肺に肋骨が刺さったり、腰骨を折ったりしただけだけど」

「だけって……」


 よく半年もたたずに復帰できたな。


「交通事故……どこで?」

「どこ? えっと……ここに来る前は東京で働いてたから東京で……」

「東京の新宿じゃないですか?」

「え、っと……」


 助けを求めるように司を見るアール。だが、なぜここまで唯が問い詰めるのか司もわからない。


「会長? どうしたんですか? 何か気になることがあるんですか?」

「いや、別にどうということではないんですけど。ディモス教諭。魔法というものを信じていますか?」

「はい⁉」


 アールが驚きのあまりのけぞった。


 カチャン……。


「ん、何ですかコレ?」


 アールの足元から金属音が聞こえ、唯が屈んで落ちたものを拾う。


「こんなもの学校に持ってきていいんですか?」


 短刀だった。

 金の羽の装飾が過度に施され、柄に宝石が埋め込まれた派手な短刀。どこにそんなものをしまっていたのか。というより、しまうしまわない以前に、


「……これ抜き身じゃないですか」


 唯がマジマジと鞘に収まっていない抜き身の短刀を見る。


「と、当然よ! おもちゃだもの!」


 慌てて唯の手から短刀を奪い取るアール。

 額にはびっしりと脂汗をかいてひきつった笑顔が張り付いている。


「おもちゃ? ですが……」

「生徒の、生徒のを取り上げたのよ⁉ あ~ちょっとトイレ行きたくなっちゃったなぁ。ごめんなさいしばらく席を外すね」

「ディモス教諭? さっきのをもう一度……」

「さっきの⁉ 何も持ってないわよ?」


 両手を広げるアール。

 彼女の両手には何もなかった。ポケットや服の隙間に入れた様子はなかったし、短刀が彼女のぴっちりとしたスーツに収まっているとしたら形が浮き出るはずなのだが、そういった様子もない。


「あれ? 消えた……」

「じゃあ、ごめんなさいね……」


 いそいそとアールは食堂を出て行ってしまった。

 逃げていくアールを見送った後、司は唯へと向き直る。


「どうしたんですか、会長? あんなにアール先生を質問攻めにして」

「……怪しくないか、なぁ?」

「うん」


 司を無視して唯と火伊奈は頷き合う。


「だけどそれは唯がまくしたてるからああ受け答えしただけなんじゃないの?」

「短刀は? あんなもの抜き身でスーツになんて収まらないぞ」

「二人でさっきからなんの話をしてるんです⁉」


 無視し続ける二人に腹を立て、指で机を小突いた。


「ああ、すまん。多分、私は彼女と、ディモス教諭と会ったことがある。新宿で」

「え⁉」

「そして、多分彼女と戦った」

「え~……」


 唖然と驚く司の隣で火伊奈が頷いた。


「前に言ってた魔物を操っていた者ってやつでしょ? この間の出張が春休みだから時期としては合ってるね」

「顔も見えなかったが、多分な。すまない司。説明が遅れた。以前、私は魔物と戦ったといっただろう。その時にいた魔物を操っている魔法使いかもしれないと思っていてな」

「かもしれないって、顔見たんですか?」

「暗くて見ていない。だが、彼女と同じような金色の髪をしていたのは覚えている。そして、私と火伊奈は権五郎さん二十年前見たという魔王の容姿を聞かされている」

「へ? 魔王?」


 二十年前に権五郎が見て、それまでの生きる原動力となってしまっている魔王が一体何でここで出てくるんだ。


「三人の部下がいたらしい、痩せた男と、筋肉モリモリのマッチョマンと髪の長い少女。そして、マントを羽織って魔王を自称したものは金色の髪の幼女だったそうだ」

「金色の、髪……女の子?」


 火伊奈が頷く。


「二十年たった今、普通に成長していたらアール先生みたいになっていてもおかしくないかもね」

「……偶然だって」


 そういいつつも、彼女が出ていった扉を見ずにはいられなかった。

「……ふむ、では調べてみよう」

「え?」

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