第16話 暗躍・2

 唯が新任教師に疑いの目を向けている一方で屋上では一人、はかりイフが空を見つめていた。


「……来たの」


 扉が開き、長い髪を片方だけ結んだ大人しめの雰囲気の女生徒が現れる。


「うん、報告は? アクア」


 アクアと名前を呼ばれた女生徒は首を左右に振る。


「……目撃者はいなかったの。三年生は誰もこの街で魔物を見たことはない」

「そう、二年生も同じ。一年生の方はレオの報告待ちだけど」

「どうせ忘れて今頃遊んでるの。それより本当にこの街に来るの? 魔王が」

「来ていると思う。イノセンティア関連の目撃情報はないけど、この街で空間のゆがみは何度も観測されてる。魔王たちが強力な力を使役するときに同じような現象が起こりやすいし。何かはしていると思う。それに……」


 イフが空を見上げる。

 雲一つない快晴、鳥も、飛行機も飛んでいない綺麗な空だ。


「今日は鳥が一匹も飛んでいない」

「鳥? そういえば……」

「こういう時は必ず何かが起きる」

「でも、あたしたちだけで何とか対応できそうな気がするの。どう考えてもあれは必要ないの」

「あれは……そうだね。いらないならいらない方がいいけど。もしも必要になったとしたら倒すための武器はいるからね」


 街に向けてイフは手のひらを突き出し、


「悪を滅ぼすための剣は、ね」


 グッと手を握りしめた。


               ×   ×   ×


 司たちが授業を受けている御式学園から百メートルほど離れた場所にある学習塾、東新塾とうしんじゅく

 生徒たちが来ていない時間は授業はせずに学校に行かなかった生徒たちのための自習室として開放をし、正社員の講師たちは事務をしている。

 この日は会議をする日なのだが、急に中止となり、職員室には現在誰もいない。

 実はこの職員室の塾長のデスクの下に、秘密裏に作った地下への入口がある。

 梯子を下っていくと小さな扉があり、そこを開けると怪しげな研究室があった。

 緑色の液体で満たされたカプセルと、壁にはびっしりと青色の種子が張り付けられ、巨大なスクリーンモニター。そしてモニターに5、6台のパソコンが接続されていた。

 スクリーンモニターに映し出されているのは御式町の地図。その中心に赤い点がうってある。

 蛇原へびはら梟谷ふくろうだに蛙田かえるだの三人はそこにいた。

 蛇原がメインで接続しているパソコンを操作しながら画面を切り替えていく。


「以前は魔界から魔物を召喚するだけだったけど、小さな魔物しか生み出せないし、本格的にこの街を破壊するにはもっと大きな魔物が必要」


 メインモニターには魔物が街を破壊する計画、そのイメージ画像が次々と流れていく。


「それが召喚出来たら苦労しねぇですよ。だけどイノセンティアに通じるひずみはどんなに頑張っても一メートルが限界。それにこちらからは結界が張られて通れないからあっちに情報伝達もできない。一方的にこっちから魔力を感じたポイントにひずみを発生させて魔物を召喚する。それしかできないって前も報告したが、もう少し詳しい報告が必要です?」

「いいえ、結構。小さな穴しか穿てないのなら、そこから魔力を引き出してこの世界のものにため込めばいいのです。その結果があの種よ」


 蛇原が壁に貼られた種子を指さす。


「ああ、あれ気になってたんだけど何?」

「あれは貴方たちが東京で暴れている間コツコツとこの街で魔界のゆがみから魔力を取り出しため続けた種よ。アレ一つでゴーレム十体を動かせるエネルギーがあるわよ」


 蛇原の説明を聞いた二人が驚いて目を見開く。


「ゴーレムを……! すげえですね。どうやって使うんです? あれ」

「あれだけじゃ使えない。ベースになる生き物がいるわ。だけど、生き物なら何でもいいはずよ。多分。あの種を猫とか犬とかに埋め込んで、その生き物の体内にあっちでためてある培養液を注入する。すると種が活性化して巨大な化け物を生み出す……と、思うわよ」

「……ちょっと頼りないな。何ではっきりと言い切らないんだよ」


 気になった蛙田が、眉をひそめながら訪ねる。


「計算上はそうできるはずなのよ。でも、ここが突き止められるとまずいし、準備が整っていないから実験はまだ一回もやってないのよ」


 梟谷がずるっとずっこけた。


「そんな危険なものを今から使わせようとしてるんです?」

「大丈夫、大丈夫。多分」

「あ~、今多分って言った! どうすんの爆発とかしちゃったら」

「するわけないでしょ⁉ 元々植物の種よ。魔力がキャパシテいっぱいためられてるからって爆発なんてするわけないじゃない。多分」

「多分ってどういうことです? 爆発する可能性あるってことです⁉」

「……95%しないはずよ」

「する可能性あるんじゃん! やだよボクそんなの使うの!」


 種子の安全性を求め、三人が喧嘩を始め、その声は誰もいない職員室まで響いていた。


「ハァ……ハァ……で、誰が行くのよ。誰が先陣を切ってこれを使うの?」


 ある程度醜い言い合いが落ち着いたところで蛇原が仕切りなおす。


「僕は嫌だよ。ネスが行きなよ。作ったの自分でしょ」

「私はこの塾の塾長よ。いざというときに責任者がいなくてどうするのよ」

「これから街を壊そうってやつが、社会の地位のことを考えるんじゃねぇですよ」

「じゃああんたが行きなさいよ、ルオウ」

「何で自分が。東京出張で一番頑張ったのは自分ですよ。ずっと病院に休んでたフロッリーが行くですよ。もう病気は治ったんですよね」

「あ、あんた精神科医のお世話になってたの……?」


 知らなかった同僚、蛙田の過分に受けていた心のストレスに衝撃を受け、蛇原は手で口を押えた。


 ピロリロリロリロ……。


「あ、メール」


 蛇原の携帯がメール受信音を奏で、携帯を開く。


「お……っふ……」


 メールを読んだとたん、蛇原は妙な声を上げて沈黙した」


「どうしたの? 仕事先からの連絡?」

「んや、魔王様」

「ようやく連絡よこしたんですかい。で、なんて?」


 二人に尋ねられ、無言で携帯の画面を突き出す。


『モンスターシードを持って今すぐに御式ロイヤルマンション屋上に来い!  あ、モンスターシードは全部持ってくるんじゃぞ。魔王』


「モンスターシードってもしかしてあの壁の種?」

「そうよ」

「全部?」


 梟谷が壁一面の一つ一つがニトログリセリンのような種たちを見渡す。


「…………」


 蛇原は頷き、暗い顔でうなだれた。

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