第14話 転校生、秤イフ

 司が学校に到着し、教室に入ると何やらクラスメイトが騒がしかった。


「おい、聞いたかよ。新任の教師がくるって」

「転校生だろ? 昨日見たもの」

「どっちだよ。なぁ」

「なんでも物凄い美人だったらしいぞ!」


 離している生徒を横目で見ながら自分の席に座る。

 隣に座ってつまらなそうに本を読んでいる火伊奈の肩を叩く。


「なぁ、なんの話?」

「新任の教師が来るって、今朝けさ男子が見たらしいよ」

「この時期に? もうすぐ夏休みになるぞ?」

「入院してたみたい。四月から来る予定だったらしいけど、春にケガをして回復して復帰するって。美人だって。良かったね司さん」

「転校生が来るって話は? つーかさ」


 司は自分の後ろを見る。

 司の席は窓際の一番後ろというベストポジションなのだが、当然その後ろというのはない、いやなかった。

 開いている席が一つある。

 クラス全員すで各々の席は決められているので、明らかに余分で謎の席が一つある。


「こんなのがあるっていうことは絶対転校生が来るってことじゃねぇの? このクラスに」

「さぁ、でも今日見た美人教師の話でうちのクラスは盛り上がってるわよ」


 誰もかれもが司の後ろの席を気にせず、金髪の美人がとか、ぴっちりスーツのスタイルがとかいう目撃した謎の美人先生の話しかしていない。


「おいおい、俺も昨日転校生の女の子と会ったっていうのに新任教師の話しかしてないのかよ」


 司は背後の空席を小突きながら悪態をついた。


「女、の子?」


 火伊奈が本を閉じて司を睨む。


「かわいかったの?」

「は? あぁ……まぁな」

「そ」


 プイとそっぽを向いて、再び本を開く。


「な、何なんだよ……」

「司さん、結構ミーハーだからなぁ。可愛い女の子がいるとすぐに見たくなっちゃうからなぁ」

「言いがかり言ってんじゃねぇよ……俺がいつデレデレしたよ」

「さぁ、いつだったかな」

「……お前、まだ会長の事苦手なのか?」

「…………」


 火伊奈の視線が本からそれて、空中を泳ぎだした。


「そうそう、何でおじいちゃんが鷲尾工業会長から、司令に役職を改めたのか知ってる?」

「あ? 会……唯会長と呼び方が被るから紛らわしいからだろ?」

「そ、正解。司が唯先輩のことを会長って呼ぶのなら問題なかったけど、社員のみんなが唯先輩をからかって会長って呼びだしたから。元々はあんたのせいなんだよ」


 いたずらっぽく笑う火伊奈。


「別にじじいが役職を変えようと知ったことじゃねぇし、司令って名乗った時テンション高かったし、どっちにしろ改めてたんじゃねぇの」

「そうかもね」


 クスッと笑って、火伊奈の視線が読書に戻る。


「……まったく、それにしても」


 どっちが正しいのか。

 司は確かに転校生の手続きをしに来たと言っていたし、かといって、美人の新任教師が新しく来るという話もあながち嘘とも思えない。


「案外どっちも正解だったりしてな」


 司がつぶやいたと同時にガラッと教室の扉が開かれる。


「お、おおおおお!」


 野太い声がクラス中に響いた。男子たちが一斉に声を上げたのだ。

 その原因は中へと入ってきた人物にあった。

 輝く金髪にすらっとしたスタイル。赤い眼鏡とスーツを着た美人の外国人が颯爽と教団の前に立った。


「今日からこのクラスの代理担任になるアール・ディモスです。本当の担任である前川先生は昨日突然倒れられて、入院するということになってしまいました。先生が回復すまでの間ですがよろしくお願いします」

「うおおおお!」


 男子たちの咆哮が教室に再び木霊こだまする。


「先生! 先生はどこの国の人ですか! どうして突然このクラスの担任に決まったんですか⁉」

「テキサス生まれのアメリカ人よ。本当はこのクラスの担任と英語の担当をするはずだったんだけど、春に交通事故にあってね。復帰次第英語の担当はする予定だったけど、ちょうど換わってくれた前川先生が病気になられたということで本来の予定に沿って、代理で担任になりました。元々私が担任をするはずでしたから私が今後このクラスの担任になるという可能性もあるかもしれませんね」

「おおお! そうなったらそっちのほうがいいよな!」

「中年より断然美人だぜ」


 担任の前川先生は厳しくはないが、どこか疲れた様子の中年の男性教師で、金髪美人のアール先生と比べるとどうしてもアール先生がいいと思ってしまう。不謹慎だが。

 それよりも、新しい教師は来たが、昨日の転校生はどうなっているのだろうか。

 司は物は試しと手を挙げてみた。


「ん? 何かな、池井戸司君」

「え?」


 クラス中まだ騒がしく、ほかの男子たちが多数手を挙げている中での挙手だったので自分があてらるとは思わず、一瞬固まってしまった。


「い、いや、転校生って今日来るんですか? 同じ学年に来るって聞いたんですけど」

「あ! 忘れてた、はいって」


 忘れてた? はい」って?


「はい」


 再び扉が開き、女の子がクラス内に入ってくる。


「あ……」

「おお……」


 今度は歓声は起こらなかった。ただ、入ってきた彼女の神秘的な雰囲気にのまれ、みんな感嘆の声を漏らすしかなかった。


「自己紹介を」

「はい」


 黒板に名前を書く。丁寧な字で迷いなく、美しい字が黒板に刻まれた。


 はかりイフ。

 そう書いた少女はぺこりと頭を下げた。


「転校生の秤イフさんです。秤さんはお父さんが外国人の方でここに来るまではずっと海外にいたそうです。日本にはまだあまり慣れていないそうなのでみんなで助け合っていきましょう」


 アールが言い終わるとイフは顔を上げた。


「やっぱり……昨日の。秤、イフ」


 司が昨日あった転校生だ。

 イフも司に気が付いたようで目が合った。


「ああ、昨日の……確か、何司さんでしたっけ」

「はぁ⁉」


 クラス中の恨みがましい視線が一斉に司に集まる。おもに男子の。


「え、あ、池井戸司、だけど」

「そうでした。よろしくお願いします。司」


 イフが軽く司へ向けて会釈をする。


「じゃあ、秤さんは開いてる席に座って」


 アールに促されてイフは窓際の一番後ろの席、司の後ろへと座る。


「後ろですね。何かあったらすぐに頼らせてもらいますね。司」

「あ、ああ……」

「なんか、好感度高いじゃない……」

「別に何……も……」


 隣の火伊奈が親の仇でも見ているかのような目で司を見つめている。

 一瞬だけ火伊奈を見たが恐怖を感じて、司はすぐに目を逸らして正面だけ見つめて固まった。


「ま、私が何をしなくても、司さんは多分今日が命日になるだろうけど」

「へ?」


 正面に座っている筋肉質な野球部男子生徒、木村が振り返り手を司の方へと伸ばす。


「司ぁ……この後俺たちとちょっと校舎裏に行こうやぁ」


 顔に青筋を立てて木村は司の方に指を強く食い込ませた。

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