第9話 鷲尾守

 扉を開けると電気を消して真っ暗な空間が広がっていた。

 中が全く見えない。開けた扉から差し込む光で足元しか見えない。

 スポットライトの光が一条、中にいた人物を照らす。彼はこちらに背を向けて立っている。


「おい、なんの用だよじじい」


 顔を歪ませ乱暴な口調を彼、権五郎の背中にぶつける。


「クックック……よく来た、わしが選びし———池井戸司よ。待っていた。いや、待ちくたびれたぞ。何度もわしの呼び出しを無視しおって」


 真っ白な長い白髪を後ろで一結びにし、口元に大きなかいゼル髭を蓄え、白衣をきた老人。赤川あかがわ権五郎ごんごろうが振り返りながらにやりと笑った。

 パッとスポットライトが司にもあたる。今回は随分と凝った演出をしてくれる。


「だから、何の用だよじじい。会長がバイトしてるって聞いて来させられたんだけど。バイトって何?」

「言ったぞ。世界を救うことだ」


 暗闇の中から会長の声が聞こえる。いつの間にか隣にいるはずの会長がライトの当たらない闇に紛れていた。


「その通り! 君にやってほしいのは世界を恐怖の魔王の手から守ってほしいのだ!」


 また始まった……と、呆れ、首筋を掻く。

どうせ、また超常的なことにはまって司に修行をつけさせようというのだろう。バイトという名目で呼びだされるのは初めてだが、そういう名目がある以上ちゃんとバイト代を払ってくれるのか不安になってきた。


「まずはこれを見てほしい!」


 権五郎がパチンと指を鳴らす。

 すると、工場内の全照明が点灯し始めて中の全容を把握することができた。

 久しぶりに中に入ったが、車のパーツを作るための設備が随分と縮小し、スペース内の四分の一もなかった。いや、それも本当に車のパーツを作るためのものなのかも怪しくなってきた。

 何故なら、工場の中心にはおかしなもの、いや、現実にはあってはならないモノがあった。


 巨人が横たわっていた。


 兜のような頭部と、黄色いガラス張りのような目。肩は無駄にとがって突き出た突起物が装着され、手足首はがっちりと金属の装甲が固めて強靱そうだ。全長は四十メートルほど。よくこんなものがこの工場に収まったほどだと感心する。


 そう———巨大ロボットがそこにはいた。


 とりあえず、目を一度こすった。


馬鹿ばかじゃねぇの……」


 呆れ果てて大声を出すのも馬鹿らしく、口を出たのは消え入るような罵倒だった。



「クカカカカカカッ! 世界を救うのはいつだってバカ者よ。これぞ我が赤川工業の技術の粋を集めたスーパーロボット―――コバキオマルよ‼」



 権五郎の声に合わせてスポットライトが一斉にコバキオマルという名のロボットにそがれる。鮮やかな蒼い装甲に反射させて。


「世界防衛大型重機コバキオマル‼ 対魔刃まじん装甲でどんな攻撃も装甲の下を流れるフォトン粒子によりカットされ、両肩の近中距離を完璧にカバーする飛剣フライブレードはどんな硬い防御も両断し、関節の各部は特殊フォトン装甲により、光輝く!」


 こんなもの普通に作れるわけがない! そもそもが―――。


「魔王倒すのにこんなもの必要なのかよ! 普通武器とか、それこそ前に言ってた魔法とかじゃなねぇの⁉ いや、さっきの説明、最後の奴なんだ⁉ 光るって! 子供のおもちゃか!」


 てっきり魔王というのは人と同じサイズか、それよりも少し上回る程度で。RPGでは聖剣を持った勇者が剣で切って倒していたからこんなもの必要ないだろう。


「うむ、それについては鷲尾君から説明がある。鷲尾君」


 眼鏡をかけ、ぼさぼさ頭の頼りない三十代後半ぐらいの男が呼びだされて出てくる。

 鷲尾守わしおまもる。じじいの無茶ぶりにもこたえ、人当たりが優しく部下に慕われ、現在十人足らずの赤川工業を引き継ぎ、社長となった男だ。真面目で面倒見がよくこの工場で働いている誰よりも知性的で常識人という印象だ。

「久しぶりだね、司くん。当然か、ずっとこの中にいたんだから」

「はぁ、鷲尾さん何で止めなかったんですか? じじいがこの工場を私物化して無用の長物を作ったんですよ」

「ははは、ひどいな。これでも昼夜問わず司令に業務外なのに働かされて頑張って作ったんだよ」


 よく見ると鷲尾の目の下には隈があった。髪がぼさぼさなのはセットが面倒とかではなく、常に権五郎にこき使われ続けたからの方が可能性としては高そうだ。

 と、その前に鷲尾さんはじじいのことを気になるワードで呼んでなかったか?


「司令?」

「そうだ、わしは今日をもって鷲尾工業会長から鷲尾工業地球防衛課対巨大災害部―司令となった」

「勝手に部署を作って……部署のトップでしょ? それだと部長にならね?」

「司令だ」

「いや、でも……」

「司令だ」

「………」


 どうやっても司令がいいらしい。


「話を戻していいかな?」

「あ、すいません。どうぞ、何でしたっけ、どうしてこのクソデカロボットが必要なのかでしたっけ」

「クソデカ……ああ、実はね。僕はこの世界の人間じゃないんだ」

「ハァ?」

「僕は別の次元の世界。イノセンティアから来た」


 鷲尾は大真面目な顔で淡々と話しかけている。


「どういうことだ、じじい⁉」


 鷲尾さんを洗脳しやがったのか⁉


「どうもこうもあるか、鷲尾君のいう通り、言っておくが、わしがなぜ魔王の存在を信じてこられたか。それは二十年前に開いた異世界への空間の穴を見たのもそうだが、彼がいたからだ」

「そういうことで。まぁ、あまり使いたくないんだが、証拠を見せておこう。唯君、銃を司君に」


 少し離れた場所に座っている唯が机の上に置いてある白い銃を拾いぽいっとこちらに投げつける。


「重いぞ」

「え? おわっ!」


 投げながらではなく投げる前に言ってほしかった。

 白く銃身が異様に巨大な銃。実際に出回っている銃ではなく、未来銃のように悪い言い方をすればおもちゃのような外観をしていた。

 だが、重さが全く子供が持つのに適していない。気を抜いているとずっしりと下へともった手が沈み込む。

 これで何をしろというのか。答えを求めて鷲尾を見る。



「僕は魔法が使える」

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