第8話 現・鷲尾工場

 唯と合流し、赤々とした夕日が照らす放課後の下校道を歩く。

 家路を急ぐ主婦や笑いながら遊ぶ小学生たちとすれ違い、少し穏やかな気分に浸りながら唯の隣を歩く。


「会長と帰るのって久しぶりですね」

「そうだな。すまない、最近私は多忙を極めていてな」

「いえ、そういう意味じゃ。ただ、辛いなら少し休んでもいいんじゃないですか? 生徒会長をやってるのにバイトも、それにたまに部活の助っ人も頼まれてるじゃないですか」


 会長のスペックは高い。

 身体能力も高く、器用なので少しルール説明をしただけでその種目の概要を把握し、完璧にこなしてしまう。おかげで一応会長は帰宅部なのに校長室には『尾上唯』の名前が刻まれたトロフィーや賞状がいくつもある。

 故に無理に仮病を使って人員不足を装って会長に助っ人を頼む輩まで出てしまっているしまつだ。


「バイト、俺がずっと代わりになって、会長は生徒会の方を優先してももいいんじゃないですか?」


 負担が増える。通常だったらごめんこうむりたいところだが会長のためなら話が別だ。

 会長はみんなのために身を犠牲にしすぎている。彼女の弟子として少しでもそれを肩代わりできればと常に思っている。


「いや、学校の方を優先して仕事を厳かにするのでは本末転倒だ。私は余暇を埋めるために生徒会をやっているだけで、休むとしたら生徒会の方だよ」

「会長……そんな優先すべきことなんですか?」


 たかが新聞配達が。


「ああ、大切な仕事だ」

「会長……」


 ブオオオッッ!


 と、二人の横を巨大なトラックが通り過ぎて、風にあおられる。


「な、なんだ⁉」


 見たこともないほど巨大なトラックで小さなビル一つ丸々収納できそうなほどでかく。何より装甲車のようにごつい外見をしていて、異様だった。

 それが三台も続けて通りすぎていく。


「何だったんでしょう。今の?」


 ようやく風が止み、会長へと振り向く。


「さぁ、な……」

「!」


 振り返ると丁度風にまくられたスカートが重力のままに落ちていくところだった。


「し、しまった!」

「何がだ?」


 会長の両手は左右に下がったままでスカートに触れてすらいなかった。

 会長は全くスカートを押さえようともせずに恐らくずっと巨大トラックを見つめていた。

 通り過ぎていくときにトラックばかり見ずに振り返っていれば素敵なデルタ地帯を見ることができたのに! 

 本当に惜しいことをしたが、全く気が付いていない会長は首をかしげて司のまえを歩いていく。


「やはり、権五郎さんの話は正しいのかもしれんな……」


 その言葉はボリュームが小さく、司の耳には届いてこなかった。


              ×    ×   ×


 会長に連れられるがままに道を歩いていくと、段々嫌な予感がしてきた。

 見覚えのあるコンビニの前、見覚えのある公園、よく連れていかれる場所へと続く道を完全になぞっている。

 司がこれから行くバイト先と思っていた新聞配達の事務所へ続く道からとっくにそれており、会長はためらいもせずにずんずんと先へ進む。


「あの、会長。バイトの詳細聞いていいですか? よく考えたら何をするのか全然聞いてなかったなぁって……」


 嫌な予感をヒシヒシと感じ、もっと早く聞くべき疑問を口にする。


「いや何、大したことじゃない。もうすぐ着くぞ。バイトの業務内容は非常にシンプルだ」


 会長に改めて言われなくてももう見えている。

 田んぼに囲まれた巨大なコンクリートでできた工業施設。会長はそこへ向かって真っすぐ歩いているのだ。



「ちょっと世界を救えばいいだけだ———」



 会長が立ち止まり、司へと振り返る。

 彼女が仁王立ちするバックにある工場の看板に書かれた文字は……、


鷲尾わしお工場こうじょう……」


 旧赤川あかがわ工場。権五郎のじじいに本日呼ばれた場所である。


「おさらば!」

「こら、待て。逃げるな」


 ダッシュで逃げようとしたが会長に呼び止められるだけで足が止まってしまう。

 本当は逃げ出したいが、会長に逃げるなと言われてしまってはそのまま逃げるわけにはいかない。


「騙したなユイ姉! じじいとの約束は断ってくれるって言ったじゃん!」


 つい昔の口調になってしまい、会長が若干照れて頬が赤みがかる。


「コホン。何をたわけたことを。権五郎さんには言っておくとは言ったが断わるとは言ってない。私の今のバイト先に興味を持った君が、偶々今日君が呼びだされたようだから都合がいいから連れていくと伝えただけだ」

「ひでぇ、こんなのってありかよ。騙された……」


 テンションが下がりうなだれる。


「そう落ち込むな。今回は以前のような根拠もない闇雲な修行とはわけが違う。きっと君も気に入るはずだ」

「気に入る? 何を?」

「とりあえず中に入ろう」


 笑顔でポンと叩かれ、扉へ会長の親指が向いていた。

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