第7話 ボクっ娘
放課後になり、会長と新しいバイト先に行こうとすると、メールが来て出鼻がくじかれる。
『すまん、生徒会の仕事が予想より溜まってしまっていた。すぐに終わらせるようにするので待っていてくれ。先方には伝えてあるし、終われば連絡をいれる』
正直予想はしていた。
生徒会長となって唯は多忙を極める身の上となっている。生徒間の揉め事の仲裁や、教員の業務の手伝いなどで放課後すぐに帰れる日などまずない。たとえ用事があろうともそれは同じである。
となると時間をつぶす必要がある。
机の横に鞄を置くとあてもなく司は放課後の校舎をさまよい始めた。
「とりあえず、あそこに行くか」
と、足を向けた先は校舎裏のテニスコート。
女子テニス部が声を上げて練習している風景をネットの外から覗き見る。
「あいつ、いないな」
はたから見ると女子テニスの練習風景を覗き見ている怪しい男子だ。現に司に気が付いた女子からは奇異の目を向けられている。
「こら、そこの不審者。なんの用?」
女子テニス部キャプテンにネットをラケットで叩かれ、威嚇される。
「あぁ、
「火伊奈は今日休み。家の用事があるって」
「へぇ~…そっか、すいません、練習頑張ってください」
せっかく暇つぶしに話し相手になってもらおうと思ったのに。
当てが外れて校舎に戻ると、少し変わった光景を目にした。
正面入り口にある靴箱に髪で右目を隠した変わった髪形をした女の子がもたれかかっている。
機械のように無表情でボーと下を見つめている。その表情から感情を読み取ることができないが、異質に見えたのはその恰好だった。
司とほとんど変わらない年頃に見えるのに彼女が学園内で身にまとう衣服は学校指定のブレザーではなく、ラフなジャケットと短いジーンズスカートと、制服ではなく私服だった。
「……あっ」
不思議がって見つめていると私服の女の子と目が合った。
「君、この学校の生徒じゃないの? どうか、したの?」
彼女が司に向ける目が何か助けを求めているように感じてしまい、いつもはスルーするところだが、優しく話しかけてみる。
「職員室というのは、どこにありますか?」
「……え?」
案内するまでもない、靴箱から見えている。廊下をまっすぐ行けばすぐにたどり着く。
迷うはずもなさそうな距離だったので一瞬自分が試されているのではないかと思ってしまって聞き返してしまうが、彼女の目は真剣そのものだった。
「すぐ、そこだけど」
「……あんなに近くに」
司が指さした方向を私服の少女が見る。なぜ気が付かなかったのか、司はそれが疑問であった。
少女が軽く頭を下げる。
「ありがとうございます、助かりました。明日の転校手続きをするために行けと言われて野ですが、地図が分かりにくくて」
よく見たら少女の手には小さな紙切れが握られている。
なるほど、小学生が描いたような線と文字だけの分かりにくい地図を渡されたのだろう。
手を出して渡すように促すとあっさり少女は地図を渡してくれる。
「………めっちゃわかりやすいやん」
校舎の完璧な見取り図が描かれ、正面入り口と職員室にわざわざ点と矢印が引っ張ってあり、初めて地図を渡された子供でも分かりそうな代物だった。
これで迷うということは彼女は相当の方向音痴、いやそれを超えた何かのように思える。
「わからなくてずっとここにいたの?」
「いえ、地図の通りに校舎内を歩いてみたのですが、目的地にたどり着かずに空が見える高い場所まで出てしまって」
「屋上まで行ったの⁉」
どうしてこの地図を見て階段を昇ろうと思ったんだ⁉ 階段を上るように解釈できる書き込みは一切ないのだが。
「はい、空がきれいで……街を見ていました。これからしばらくいることになる街を……」
少女が初めて表情らしい表情を見せた。
彼女は微笑していた。
「しばらく、か。どこか遠いところから転校してきたのか?」
「ええ、車で十四時間ほど揺られて」
「随分と時間かけたな。飛行機でも使えばよかったのに」
「仕事の関係で仕方なくですね。ありがとうございました、それではまた」
少女はぺこりと頭を下げると職員室へまっすぐ……ではなく、途中で曲がって階段へと向かっていった。
「んん⁉ ギャグのつもりかな? どうしてさっき指で見せた軌道をたどることができないんだ?」
「あ、そうでした」
少女は言われて気が付いたように階段を降りて職員室へと向かう。
「はぁ~、やれやれ」
不安なので少女の隣を歩いて軌道をそれないように共に歩く。
「着いた……って、ここってさっき言ったじゃん! どうして通り過ぎるの⁉」
「そうでした」
少女は華麗に職員室の扉をスルーして行こうとしたので呼び止める。
「本当にありがとうございました。同じ学校ですから、もしかしたらまた世話になるかもしれませんね」
「あ、ああ……そうだね」
少女が職員室の扉に手をかけてようやく司は安心した。
「親の仕事の関係で転校だろう? 知らない土地で心細くなったらいつでも頼ってくれよ。俺は二年B組の
自信満々に胸を叩くと、少女は再び微笑した。
「ありがとう、ボクも今二年生です。もしかしたら一緒のクラスになるかもしれませんね」
「ああ……」
一礼すると少女は職員室の中へと入っていった。
「ボクっ娘かぁ……初めて見た」
自分をボクという女の子は痛々しいと聞いたが、彼女は容姿が可愛らしいせいで十分燃え属性として成立し、司は非常にときめいた。
ときめきを嚙みしめるように拳を胸に当てると携帯が鳴った。
先ほど少女に語った誰よりも頼りになる先輩から短く『用事終わった』というメールが来た。
「よし、面接か……ふぅ」
新聞配達のバイトに向かう心構えをして、気持ちを切り替えながら生徒会室へと向かう。
「そういやあの娘、名前名乗らなかったな……」
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