記録③

「もう何でいつもそうなの!」

先に声を上げてしまったのは彼女の方でした。

「ゆうちゃん一緒に住むとき言ったよね、ちゃんと悩みは全部打ち明けるって」

「言ったよ…言ったけど、すぐになんて一言も言ってないよ…。できることは自分でするから、いちいち干渉してくんなよ」

最後の一言が悪かったのでしょうか。彼女ははっと目を開き、そして悲しそうな目をしてから「そう…」と言い、背を向けて部屋の奥へ消えていってしまいました。

同棲を始めて1ヶ月。今までは互いに別々の家に住んでいて、会うときはいつも外だったので、互いの生活に関しては一切認識していませんでした。当時から男は同棲に憧れていましたが、同棲というのがこんなにも大変だということを身をもって知ったのです。

この喧嘩の理由は男にありました。男は働き先で気に入らない上司と一悶着あり、最終的にその上司の濡れ衣を着せられかけたことをギリギリまで彼女に黙っていたのです。彼女とは同棲する際に、互いの悩みごとを隠さずに言う。一人で抱え込まない。と約束していたのですが、それを破って男は一人で何とかしようとして、最終的に働き先をクビになる寸前まで追い込まれたのでした。

何とかクビは免れ、上司との関係も修復できましたが、今度は彼女との関係が険悪な状態となってしまったのです。

男はため息をつき、自分も自室に向かいました。

同棲してからの初めての喧嘩。今まで喧嘩をすることはありましたが、今まではそうなっても少し距離を置き、どちらか一方から謝ることで仲直りをしていましたが、今は同じ空間に住んでおり、どうしてもトイレに行ったりシャワーに行ったり、何なら食事をとったりと、嫌でも頻繁に顔を合わせてしまいます。

なので、一刻も早くこの嫌な状態を脱したいと思いながら男は天井を眺めているのでした。

そこで男は携帯電話を取り出し、友人にアドバイスを求めました。

そしてその選択が功を奏し、男は友人に言われた通り、紙を取り出しました。そこに自分の思い、考えを書き起こしました。

確かに友人の言われた通り、こうすることで感情的な言動を極力抑えることができ、かつ論理的に相手に気持ちを伝えることができました。

男はできあがった紙を持って廊下をゆっくり歩き、物音を立てないように彼女の自室の前に置きました。

何だか照れくさいのか分かりませんが、妙に胸がソワソワしました。心が少し軽くなった気もします。

自分だけ心が軽くなってどうするんだと男は自分を戒め、今回の自分の言動を反省しようと思いながら男はその日眠りについたのでした。

次の日、食卓には男の大好物のオムライスが並べられたのでした。

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