百十六話 三つの部族ー1
『さて、では本題に参りましょう。神矢さんたちが知りたいことは、あの部族以外の人族のことですね』
神矢たちの脳から情報を得たのだろう。こちらから何も言わずにともわかってくれるとは、話が早くて助かる。
『ワタシが知る限りですが、この地底世界には三つの部族が存在しています。過去、わたしたちや、他の生物たちは彼らと遭遇したことがあるのです』
銀色生物は、映像を神矢たちの瞼の裏側に映し出した。
『ではまず、神矢さんたちの拠点としている巨大樹から見て、彼らがどの辺りにいるのかお教えします』
その映像は、神矢たちが拠点としている巨大樹を中心として、上から見たような図だった。そこから北、東、西に矢印が伸びていって集落のようなモノを映し出した。それぞれ矢印の伸びた線には、約二十キロと表記された。なんともわかりやすく、親切極まりないことだが、この上空からの映像はどうやって得たものなのだろうか。
『わたしたちの種族は、多生物との情報共有ができるのです。今まさに、こうしてあなたがたとしているようにね。獰猛な生物は無理ですが、大抵の生物となら交信できますよ』
……想像以上の能力だった。
銀色生物の父親が言うには、鳥と情報共有したこともあり、空から見た景色と、神矢の知識を元にこの映像を作成したという。
言葉を発せないでいる神矢たちをおいて、彼は続けた。
『まずは、西の部族から』
銀色生物は言って、また映像を切り替えて、森のような背景に、西の部族の姿を映し出した。男と女が映像として現れた。
「……上半身は裸か」矢吹が少し困ったように言う。
男も女も腰に布のような物を巻いただけの姿だった。背丈は神矢たちとそんなに変わらないが、鍛え抜かれた身体で、その皮膚はやや緑がかっていた。特徴的なのはその大きな耳だった。人間の耳の二倍くらいあるだろうか。
『彼らは、森の中に住む部族です。身体の色はおそらく保護色でしょう。木の上や茂みに潜んで狩りを行います。ご覧の通り耳が大きく、聴覚に優れています。五メートルほど離れていても、普通に会話が出来ます』
集合住宅や、マンションなどだと、近所の人と、家にいながら会話ができるわけだ。しかし、都会だとただただ周囲の音は騒音にしかならないし、迷惑な能力かもしれない。コントロールできるのなら話は別だが。
「武器の使用とかは?」訊いたのは九条だ。
『主に毒を塗った吹き矢や木の槍で獲物を仕留めるようです。三つの部族の内、比較的まだ穏やかな性格の部族です。彼らなら、出会って直ぐに攻撃されることはないでしょう』
それならばまだ希望はある。あとは、どうにか意思の疎通が出来ればいいのだが。
『神矢さんの懸念に関しては、後でワタシの方から提案があります。まずは、残りの二つの部族を教えます。次は北の部族です』
そう言って、映像が切り替わり北の部族の男女が映し出された。背景は大きな湖だった。
「……やっぱり上半身は裸かよ。最近のテレビだと完全アウトだな」
九条がため息混じりに言った。
北の部族は、少し青みがかった肌をしていた。アメリカ人のように彫りが深い顔で、背も体格も大きい。特筆すべきは、その黄色い瞳と手足の大きさだった。もともと、外国人は日本人よりも全体的に大きいのだが、北の部族の手足はさらに大きくさらに手足に水掻きのようなものがついていた。
『彼らは湖の上で暮らしている部族です。彼らもまた長く湖の上で暮らす事によって、それに適応した身体へと進化したようです』
なるほど。水中での動きを重点的に置いた進化ということか。陸ではそうとう動きが鈍くなりそうだ。
『そんなことはないですよ』神矢の心を読み取ったらしく、銀色生物が否定した。
『確かに地上での動きは少し遅くなりますが、接近戦はかなり得意です。彼らは手を地につけて、全身を回転させるようにして足で攻撃するのです。神矢さんの脳内情報の中にカポエラという格闘技がありましたね。それのようなものです』
言われて、北の部族の手足を見た。足も腕も丸太のように太く、かなりの怪力を感じさせた。
『……最後に、東の部族です」少し言い淀んで、銀色生物は家族をチラリと見た。妻、娘、息子はコクリと頷いた。
そして、映像が切り替わり、神矢が出くわしたあの目の大きい部族が出現した。
男だけだった。
「……おい、マジか」矢吹が東の部族を見て、声を震わせた。
「見た瞬間にわかった……。コイツはヤバい」九条も声を絞り出すように言う。
肌が泡立つ感覚。見ただけで心臓がうるさい程に強く早く打ち鳴らしている。身体の奥底に氷柱を突っ込まれ、掻き回されるかのような気持ち悪さに、全身が冷えていく。
自然と、神矢たちの呼吸は荒くなっていた。全身から汗が滲み出ていた。
「くそ! 情けねぇ! 足の震えが止まんねぇ!」
あの矢吹が怯えている。
『一度、映像を止めます』銀色生物は言って、東の部族の映像を消し去った。
一旦息を吐いて目を開けると、九条たちも目を開けていた。
二人とも顔色が悪い。
神矢は銀色生物に、「悪いけど、少し休憩させてくれ」と言った。
『わかりました』と彼らは頷いて、神矢たちの頭から手を離した。
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