百十七話 三つの部族ー2
腕で額の汗を拭い、呼吸を整える。
「……神矢、お前、アレを間近で見たんだろう?」矢吹が訊いてきた。「映像だけで俺はビビっちまった……。実物は、もっとヤバかっただろ?」
「……そりゃあもう。生きて帰れたのが不思議でしたね」
「本当によく生きて帰ってきてくれた……。に、しても、君はいったいどれだけの死線をくぐり抜ければ気がすむんだ?」
九条も会話に参加してきた。
そんな事を言われても、好きで死線をくぐり抜けているわけではない。運が悪いとしか言いようがなかった。そして、比例して悪運も相当強いらしい。
少しの時間、休憩する。
すると、銀色生物の、妻、娘、息子が、水の入った竹のコップを持ってきて、丁寧に両手で神矢たちに差し出してきた。
「あ、これはこれはお気遣い──」九条は言って途中で一瞬止まり、「……痛み入ります」と言った。
対応が人間のようだから戸惑ったのだろう。
「……これも俺たちの脳内から学んで実行しているだけなんだろうな。ほんと、凄い生物だ」
九条が誉めると、銀色生物の口が笑みの形になり、お辞儀をした。
水を飲んで一息つく。二人とも覇気がない。続きを見るのを躊躇っているのだろう。
「……二人とも、いけますか?」
あえて挑発するように言う。この二人が怖気付いてしまえば、この先とても乗り切れる気がしない。
矢吹と九条は神矢の挑発に、笑みを浮かべた。
「舐めんなよ。さっきはビビっちまったが、こんなもん慣れだ。そのうちこの東の部族の顔面に一発喰らわしてやんよ」
「神矢くんこそ怖いんだろう? 無理しなくていいんだぞ」
言って、三人とも笑みを浮かべて視線を交わした。
「では、続きを頼むよ」神矢は銀色生物に促した。
再び三人の頭に手が置かれて、瞼裏に銀色生物たちの映像が映し出される。
父親が、目の周りにキラキラとしたエフェクトを用いて神矢たちを見ていた。
もう……もう、驚かない。映像にエフェクト技術まで習得して活用する銀色生物だが、驚きの連続ですでに感覚は麻痺している。
それにしても、そのキラキラは何のつもりだろうか。
『コレはあなた方を不思議な目で見ているのです。あなた方は、ワタシたちを不思議な生物と言いますけど、あなた方人間の方がよほど不思議な生物です。恐ろしいと感じているのに、それに立ち向かう気概を感じます。猛獣のような爪もない。ゴリラのような怪力もない。水中で呼吸も出来ない。空も飛べない。身体は非力。なのに、どうしてそのような強い心を持てるのか不思議で仕方ないのです』
神矢は苦笑した。脳内を読み取っているのだからわかりそうなものだが。
「簡単だよ。人間がそういう生物だからだ。生きる為にさまざまな困難に立ち向かう。地上の人類はそうやって今まで生きてきたんだ」
その答えに、銀色生物たちの目の周りのキラキラが更に激しくなった。目を閉じているのに眩しいからやめて欲しい。
キラキラが消えて、父親が『失礼しました』と言って、人間のように咳払いをした。
『では、始めます』
そして、東の部族の姿がまた映像で映し出された。
凄まじい威圧感を感じつつ、歯を食いしばってどうにか耐える。
やはり彼らも腰蓑一つで、肌は灰色で身長はかなり低め。メガネザルのような大きい目に、楕円形の黒い瞳。
『彼らは三つの部族の中で最も危険な部族です。自分たち以外の殆どを食糧としか見ていません。出会ったら最後、残るのは骨だけです。ワタシたちの仲間の多くも彼らに捕食されました。彼らは、とにかく素早くて怪力なのです。爪と皮膚が非常に硬くて象の皮膚すら貫きます』
神矢は東の部族が、太い木の幹をその腕で易々と貫通させたのを思い出した。
『一つだけ救いなのは、彼らは繁殖力が非常に弱いということです』
九条が質問をした。
「そういや、東の部族に女性はいないのか? さっきの二つの部族には出ていたけど」
『はい。彼らは男のみの部族なのです』
「男だけだったら繁殖できねーだろうが」
矢吹も怪訝そうに言った。
嫌な予感がした。そして、銀色生物の言葉は、神矢の考えを肯定するものだった。
『彼らは、他の部族を襲い、メス……失礼、女性を拉致して子どもを産ませるのです』
歯軋りがした。おそらく矢吹だろう。浦賀に妹を蹂躙された怒りを思い出したのかもしれない。
『産まれる子どもは全て男で、東の部族のような身体の者しか産まれません。しかし、先程も言いましたが、東の部族は繁殖力が極端に低いのです。だから、女性たちは妊娠するまでずっと交尾させられるのです』
「……胸くそ悪い話だな」九条の口調にも怒気が含まれた。
『そして、子どもが産まれて世話をさせられ、ある程度まで育つと、その母親は生命を奪われます。二人目以降は、劣った者が産まれると信じられているからです。だから、用済みとなった女は殺され、彼らの食糧となるのです』
「もういい! もうやめろ!」
矢吹が怒鳴って、それに驚いた銀色生物たちは手を離して映像が切れた。
目を開けて矢吹を見ると、何かを、いや先程まで映っていた東の部族の残影を睨みつけているようだった。
「要するにそいつら全員をぶっ殺せばいいんだろう? それで万事解決じゃねーか」
矢吹が完全にキレていた。いや矢吹だけでない。九条も目が座り、感情をなくしたかのようになっている。
神矢もまた身体の奥底で何かが凍りついたような感覚を覚えていた。東の部族に抱いていた恐怖が、凍てついた殺意で塗り替えられていった。
東の部族に高度な知能があるのならば、神矢たちを見つけた時点で、新たな獲物として記憶されたかもしれない。雪野たちの姿も見られたかもしれない。
だとしたら、仲間を集めて神矢たちを探そうとするだろう。
もし見つかれば、学校の仲間たちを襲って、男子は殺され女子たちは連れて行かれる。そして、子を産まされた後に殺される。
そんな事は絶対にさせない。
この地底からの脱出は、東の部族を倒さなければ不可能ではないか。そんな思いがよぎった。
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