百十二話 情報の共有ー2
神矢は桑田に拍手したい気分になった。馬鹿げていると思っていた自分の考察と同じ推論に至った桑田を、かなり尊敬の眼差しで見た。今まで残念教師の烙印を拭えなかったが、今回のことでかなり薄まった。しかしながら、やはり払拭とまではいかなったが。
矢吹が頭を横に振った。
「悪いが何を言っているのかさっぱりわからん。桑田センセーよ、話が進まねぇから、ちゃっちゃと結論言ってくれや」
隣で片桐も鮫島も眠そうな顔で頷いていた。
「……世紀の大発見をちゃっちゃとって」桑田は信じられないとばかりに顔を左右に振った。その肩に九条が手を置いて、「まあまあ。あとで、わたしが話を聞きますよ」と宥めた。
神矢も、「是非、俺にも聞かせてください」と伝えた。
それで少しは報われたようだ。気を取り直したらしく、小さく咳をして全員を見回して言う。
「わたしの今の段階での結論はこうです。この地底世界は、地球が生み出した地上とは異なるもう一つの世界、ということなのです」
矢吹が頭を掻いて、眉間に皺を寄せた。
「あのよ、俺たちが今聞きたいのはそうことじゃないんだよ。この世界がどう作られたとかどうでもいいんだ。神矢が出会ったヤツが何者なのかを知りたいんだよ」
また隣で片桐、鮫島が頷いている。
さすがに、桑田が可哀想になってきた。必死でこの世界の謎を解き明かそうと頑張ってきただろうに。
仕方なく神矢が答えることにした。
「早い話が、この地底には、俺たちとは違った進化をした人類がいたってことです」
人の形でありながらもあの大きな目と鋭い牙を思い出し、神矢は九条たちに、その危険性を伝えた。
「最初からそう言えよ」矢吹がぼやいた。彼も、桑田の講義じみた話が合わなかったようだ。
「……いやもう、マジでヤバいんだって! 森全体が危険信号を発して、周囲の生き物たちに警戒を促すような感覚がしたんだよ! あんな感覚初めてだ!」
片桐の言葉に、鮫島が隣で何度も頷いた。
「また意味不明なことを……」と矢吹が切って捨てようとしたが、神矢は二人に同意した。
「いえ、矢吹さん。二人の言う通りです。アレは、本当に異質でした。俺もあんな感覚は初めてです」
「……お前ほどのヤツがそう言うのか。だったら、マジでヤバいんだな」
神矢は頷いて続けた。
「黒河が言っていましたが、あれは排他的な首狩族みたいなものかもしれません。俺を見て、問答無用で襲いかかってきましたから。それに、あの目は──」言おうとして、神矢は違う言葉を選んだ。「とても、人間のものとは思えなかった」
ただでさえ、首狩族という言葉は恐怖を掻き立てる。そのうえさらに、余計な恐怖をみんなに植えつける必要はなかった。
神矢が感じたのは、あれは捕食者の目だというもの。猛獣が獲物を狩る時に見せる目と同じだった。……つまりは、神矢を、人間を捕食対象として見ていた可能性があった。
首狩族の中には、カニバリズムの文化を持つ部族もいる。アレも、その部類に入る可能性が高い。
「なあ、少し気になったんだが」と、九条が口を開いた。
「この地底にいるのって、神矢くんがでくわした部族だけなのかな。他にもいる可能性はあるよな」
「それは大いにありますね」と、桑田が頷いた。
「地上にも、さまざまな種族がいるように、この地底にもいると考えていいでしょう。ただし、この不思議現象数多の地底で、どんな進化しているかはわかりませんがね。……あ、ということは、人類の多様進化説の可能性が……こ、これは動物たちだけでなく、人類の進化の歴史を塗り替えるかもしれません!? 論文を作成せねば!」
「……まずは地上に生きて戻ることが先決だろうが」
矢吹の声は桑田には届かないようだった。一人で勝手に盛り上がる桑田を無視して、神矢は言った。
「……アイツらのテリトリーがどの程度の範囲なのかわかりませんが、とにかく滝の見える方向には近づかないことです」
神矢は襲われた時を思い出して、恐怖を潰すかのように拳を握りしめた。よく生きて戻れたものだ。スターターピストルを貸してくれた雪野には、本当に感謝だ。
「……この地底にそんなのがいるなんて」
鮎川も自分の身体を抱きしめるようにして、身を震わせた。
その肩に手を置いて、九条は神矢を見た。
「……本当によく戻ってきて報せてくれた。みんなに周知徹底させよう。これ以上死人が出るのはゴメンだからな」
それから、九条は顎に手を添えて少し思案して言った。
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