百十話 先住民ー2

 黒河は得意げな顔になって説明した。

「センチネル族っすよ。世界で最も危険と言われている部族っすよ。インド洋にあるセンチネル島に住んでいて、近代文明からかけ離れた生活をしていて、とにかく排他的で近づく者は問答無用で皆殺しにするっていうとんでもない部族っす」

 ペラペラと饒舌になる黒河。まさか、黒河がそんな知識を有していたとは驚嘆の一言だった。

 さらに黒河は続ける。

「因みに首狩族は一昔に実在した部族っす。宗教的な慣行で、敵とかテリトリーへの侵入者やらの首を刈って飾ったり、頭蓋骨をコップにして飲み物飲んでたりしていたみたいっすね。俺が調べただけでも、首狩りを習わしとする部族は7種族くらいいたようです」

「……なんでテメェはそんなこと知ってんだよ?」矢吹が顔を引き攣らせて言った。

「いやー、何となく興味本位で調べたんすよ。センチネル族はユーチューブで見て知ったし、首狩族はホラー映画とかにも出てきたんで、実際はどんなんかなーって思って……あれ? みなさん、ちょっと俺との距離遠くないっすか? 何で離れんの?」

 ……黒河が歪なヤツなのはみんな承知している。今回更に歪さが増したようだが、知ったことではない。

 話を戻す。

「とにかく、今後は今まで以上に注意が必要です。あの部族は危険です。滝のある方面の探索はやめておきましょう」

 全員が緊張した面持ちで頷いた。

 神矢は雪野を見た。

「雪野さん、スターターピストルのおかげで何とか切り抜けられた。渡してくれてありがとう」

「……役に立ったんだアレ。良かった」

「……火薬の量をもう少し調整しないとダメだけどね」

 あの爆音は、こちらの耳もやられてしまうリスクがある。

「……何にしても良かった。もう! アンタは心配かけてばっかりなんだから!」目の周りを赤くして上原が言った。

「……ホントだよ。わたしたちの気持ちも考えてよ」宍戸も口を震わせていた。

 神矢は小さく笑みを浮かべた。

「悪かったよ。俺だって好き好んで危険に飛び込んでいるわけじゃないんだ。黒河じゃあるまいし」

 名前を出された黒河が自分を指差した。

「そこで俺を引き合いに出しますか? まあ、いいんですけど。それより神矢先輩、その部族の規模ってどれくらいなんですかね?」

「……さあな。見当もつかない」

 あんな危険な人類が集団で行動している。想像するだけで震えがきた。

「マジかよ……。ただでさえ巨大昆虫やら猛獣やらでいっぱいいっぱいなのに、これ以上脅威が増えるのかよ」

「神矢がやられそうになるくらいだ。俺たちなんかがどう足掻いても勝てる気がしねぇ……」

 鮫島と片桐の気落ちした声に、矢吹が喝を入れた。

「お前ら腑抜けてんじゃねーぞ! そいつらがどれだけ危険かはわかったが、ようは出会わなけりゃいいんだ! そいつらのいた場所はわかってんだろう! そこに近づきさえしなきゃいいだけの話だ! 俺たちは生きて、絶対にこの地底世界から脱出するんだよ!」

 その言葉に、皆が顔を見合わせた。

「そ、そうだな。近づかなければいいんだ。アレだ。君子危うきに近寄らずってやつだな」と、鮫島が言った。

 君子とは教養があり徳がある者を指すのだが、赤点最下位の鮫島が言うと全く説得力がない。

「矢吹さんの言う通りだ。なんだかんだでここまで来たんだ! 俺はこのまま諦めたりしねーぞ!」

「わ、わたしも諦めないわ! 絶対家に帰るんだから!」

「ああ! みんなで帰ろうぜ!」

 矢吹の言葉に士気が上がった。

 神矢の隣に雪野、上原、宍戸がやってくる。

「絶対に地上に戻ろうね」と雪野。

「美人薄明なんてのは真っ平。絶対帰るわよ」

「……綾ちゃん自分で美人て言う? でもまあ、神矢もとりあえず無事戻ってきたし、きっと上手くいくわよ」宍戸も力強く頷いた。

 神矢は笑みを浮かべて、「そうだな」と返した。

 だが、胸中は不安でいっぱいだった。みんなもきっとそうだろう。希望を口にすることで、へし折れそうな心の支柱を保とうとしているのだ。

 先住民の集落が今回の探索先にあったとして、それが一つだけとは限らない。

 地上に人類が誕生し百八十万年もの年月を経て、幾つもの種族に分かれているように、この地底でも同じことが起きている可能性も否定出来ないのだ。

 仮に一つだけの種族だったとしても、その人口がどれだけあるのかも想像すらつかない。

 校舎が落ちた近くのジャングルには、そういった存在の形跡はなかったがこの先はどうかはわからない。

 この世界の知識があまりに不透明すぎる。一般の高校生が、この先本当に生きていけるのか。

 ここにきて行き詰まったのではないかと、神矢は歯噛みした。

 せめて、この世界に言語が通じる者がいれば、何かの情報が得られるかもしれないのに。

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