百九話 先住民ー1

 その可能性は、随分前から頭の片隅に置いてあった。

 地上にいるさまざまな植物、昆虫、動物の変異種たちを見てきて、人間のような生物の存在がいないと言い切れるわけがなかったのだ。

 先住民の存在。

 地上でも先住民の姿は確認されている。彼らは森や島の部族として、長年過酷な自然界の中で生きてきた。言わば、人類でありながら自然界を生きるプロフェッショナルである。

 その中の一部の先住民には、多種族を寄せ付けない危険な部族もいた。ホラー映画や漫画でも登場する首狩族や食人族も、現代ではいないとされているが、過去には実際に存在していたのだ。

 近代文明に毒された現代人で、ましてや何の訓練も受けていないただの高校生が、自然の中でそんな彼らと張り合えるわけがなかった。

 もちろん、地上にいるのはそのような部族ばかりではない。多種族を快く迎えてくれるのもいる。

 友好的であって欲しかった。

 話が通じなくても、何か一つでも通じるものがあれば良かった。

 あの先住民のような生き物を見てわかった。あれは、あの目は自分以外の生物を獲物の一つとしてしか見ていない目だ。

 

 拠点に戻ると、雪野たちが矢吹に向かって騒いでいた。

「早く! 早く神矢くんを助けに行って!」

「俺たちじゃどうしようもねーんだよ! あんな……あんな底知れない恐怖を感じたのは初めてだ……」

 涙を流して訴える雪野。恐怖に震える片桐と鮫島。

 山田は口も聞けないほどに蹲って震えており、それを友坂が心配そうに背中をさすっていた。

 みんな雪野たちを取り囲んで話を聞いているため、神矢が戻ってきたことに気づいてない。

「……あー、俺なら戻ってきたけど」

 神矢が言うと、みんなが驚いて振り向いた。

 雪野が神矢を見て泣きながら走り寄ってきた。その後に上原と宍戸もついてくる。

「神矢くん良かった! 無事で──じゃない! 大変! 耳から血が凄い出てる!」

 神矢の右耳からの出血は、ジャージの肩までを赤く染めあげていた。

「きゅ、救急車! 117番!」宍戸が神矢の血を見てパニックになった。117は時報だし、救急車などこんなところに来るわけがない。

「凛、落ち着いて! 神矢早く手当を!」上原も宍戸を落ち着かせようとしたが、彼女も顔が青褪めている。

 矢吹もやってきて、「おい! 早瀬センセーを呼べ! 急患だ!」と叫んだ。

 場は騒然となっていた。神矢のジャージについた血の量を見れば当然の反応ではある。

「みんな落ち着いてください。俺は大丈夫だから。矢吹さん、早瀬先生は校舎です。身重だしここまで来るのはかなり負担になります。それに、血はもう止まってるんで、絆創膏でも貼っておけば問題ありません」

「何言ってんのよ! 問題大ありでしょう! 耳が横に半分裂けてんじゃない! 絆創膏なんかで何とかなるわけないじゃない!」

 それを聞いて神矢は驚いた。想像以上に傷が深かったようだ。

 確かにかなり痛みはあったが、タオルで押さえているうちに出血は止まっていたから、そこまで酷いとは思わなかった。

 そんなに裂けていたなら、本来ならば直ぐに血は止まらないが、これもこの世界で身についた自然治癒力の向上のおかげだろう。

 とりあえず騒ぎは収まり、神矢は雪野たち三人に囲まれて手当てを受けていた。

 煮沸消毒した水で耳を綺麗に洗い流し、弟切草の葉を潰してそのまま傷口に貼り付けた。

 弟切草には止血、痛み止めの効果がある。

 血だらけのジャージはいったん脱いで、今は予備のカッターシャツに着替えている。

「……神矢、お前が出くわしたヤツは何なんだ?」

 矢吹が神妙な顔をして聞いてきた。

「わかりませんが、おそらくは先住民のような存在だと思います。それも、極めて危険な……」

 神矢は自分の推測を話した。

 話を聞くにつれて、彼らの目が驚き見開いていく。

「……言われてみれば、神矢の言う通りだな。地上のありとあらゆる生物がこの地底にいるんだ。人間のような存在がいたとしても不思議じゃない」

 矢吹がしかめ面で、腕を組んで言った。

「危険な部族か。神矢先輩の話だと、センチネル族とか首狩族とかそういう系統っぽいっすね」

 神矢は驚いた。

「黒河、お前センチネル族を知ってるのか?」

「結構有名っすよね。みんなも知ってるっしょ?」と周りを見て言う黒河だが、みんなは首を一様に傾げている。

「え? マジで知らねーの? へー、俺って意外と博識だったったのか」

「何なんだよそのセンチメートル族ってのは?」訊いたのは片桐だ。黒河は得意げな顔になって説明した。

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