百八話 新たな脅威ー2

 神矢は狙いを定めて、ソイツに向かって矢を射った。が、容易く横っ飛びで避けられた。

 直ぐに次の矢をつがえて放つ。避けられるのを前提に、すぐさま三本目をつがえる。

 ソイツは矢を避けずに、素手で掴み取って捨てた。

 神矢は慄きながらも三本目を放った。ソイツは顔を横に向けて紙一重で避け、口で飛んできた矢を口で咥え、吐き出して捨てた。しかも走りながらだ。

 とてつもない動体視力、反射神経、そして身体能力だった。

 神矢との差が数メートルとなった。

 咄嗟に弓を捨て、サバイバルナイフに切り替える。

 ソイツが1メートルは跳躍し、神矢の頭上から襲いかかってきた。

 その跳躍力に驚きながらも、神矢はナイフをソイツの腹目がけて突き出した。ソイツはナイフを足で挟み込むようにして受け止める。さらに、空中で前のめりになって、神矢の顔を掴もうと手を伸ばしてきた。

 咄嗟に身体を沈めて、その腕を避けた。無理矢理ナイフを引っぱると、ソイツは足を離して距離をとった。

 今の一瞬の攻防で神矢は呼吸が荒くなっていた。額から汗が伝い落ちる。

 対するソイツは口元に笑みを浮かべて余裕そうだった。なんという邪悪な笑みだろうか。

 この地底世界に来て、神矢は身体能力が上がっているのを感じていたし、元々が、自身の身体能力は周りと比べて高い方だと自負していた。正直言って、浦賀の時も本気ではなかった。

 そしてその時よりも、更に強くなっている感覚はあった。

 その力は、相手のサイズにもよるが、猛獣にも通用すると思っていた。

 そして今、神矢は本気で戦っていた。この地底で初めて本気を出した。が、ソイツは更にその上をいっていた。

 対峙して、改めてその姿を確認する。

 姿はほとんど人間に近いが、類人猿独特の顎が突き出ている頭部だった。

 メガネザルのような大きな目玉だが、その瞳がさらに特徴的だった。横に伸びた楕円形だ。

 その目が神矢へと向けられ、何かをしゃべった。

「€*〆∃∂∮」

 何を言っているのか分からない。

「∂∋⁂§⌘」

「……わかんねーよ」

 ソイツは神矢を指差して不気味な笑みを浮かべた。

「……言っても無駄だろうけど見逃してくれないか?」

 神矢は言うだけ言ってみた。

 ソイツは笑みを浮かべ、そして再び襲いかかってきた。

「くそ! やっぱ無理か!」

 コレならばラーテルベアやいつかの狼の方がよっぽど意思疎通できるではないか。

 神矢は木に背中を預けて、ソイツを迎えうつ。

 その拳が神矢の顔面目がけて振るわれた。空気を裂く恐ろしいまでの拳速。それを首を捻ってどうにか避けたが、右耳に激痛が走った。

 ソイツの拳は木へと当たり、その太い幹を簡単に貫いていた。避けていなければ、顔面に風穴が空いていただろう。

 神矢は腰につけていたスターターピストルを取り出した。

 自分の左耳を左手で押さえ、持ち手の上腕部で右耳を塞ぎつつ、ソイツが木に腕を絡まれてる隙を狙って、その耳の近くで引き金を引いた。

 運動会用の火薬量ではない。それよりも、更に大きな音を出す特別製だった。

 森の中に耳をつんざく大きな音が響いた。

 耳を塞いでいたとはいえ、神矢も近くで聞いたために、音が遠のいた。

 耳の間近で音を鳴らされたソイツは、聞いたことがないであろう大きな音でパニックになっていた。

 神矢から慌てて離れ、耳を叩いたりほじくったりしていた。

 あれ程の爆音だ。鼓膜が破れたかもしれない。

 ソイツは叫びながら逃走した。

 その背中が見えなくなってから、全身から汗が一気に噴き出した。

 右耳を触るとぬるりと血の感触がして、激痛が走った。耳は取れてはいないようだが、かなり深く切れたかもしれない。

 手当は後だ。この場が安全とは限らない。ヤツらの仲間がいるかもしれない。

 神矢は急いで雪野たちと合流すべく、拠点の方向に向かって全速力で駆けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る