百七話 新たな脅威ー1

 煙の場所に近づくにつれて、森の空気が変わっていた。

 ピリピリと肌を刺すような緊張感が漂っていく。

「し、静かだな? 森ってもっと動物や虫の鳴き声してるもんだろ?」

「鳴き声がしたらしたで不気味だけど、静かなのも怖いな…」

 鮫島の言葉に、片桐も緊張した面持ちだ。

 だが、これで火災の可能性は消えたと言える。火災ならば、動物たちの声がもっと響き渡るし逃げ惑う筈だ。だが、動物たちのいる気配は感じられた。どちらかと言えば、ジッと身を潜め何かから見つからないようにしている雰囲気だ。

 考えたくない可能性の一つが脳裏に浮かんだ。

 あの煙が人為的に起こされたものだとしたら……。

 突然、周囲の木々の枝葉からギャアギャアと鳥が飛び立った。

 キャッ、と驚き、思わず頭を抱える女子たち。

 周囲の空気が一変する。

 茂みなどに身を隠していた周囲の動物たちが一斉に飛び出して走り去っていった。

 まるで肉食獣から逃げていくように。

 人間にも危機感知能力はある。文明の発展によってほぼ失われてはいたが、この危険な地底に居続けたことで、神矢たちにもそれは少しずつではあるが目覚めてきていた。

 脳が、身体がここから逃げろと警鐘を鳴らしている。

「ここはヤバい! 逃げるぞ!」神矢は怒鳴った。

「な、なになになに……」キョロキョロと周りを見回して、戸惑う山田。

「いいから逃げるのよ!」山田の手を取り逃げ出す友坂。

「何だよ! 今度はいったい何なんだよ!」

「何かわからんけどメッチャ怖え! 震えが止まんねぇ!」

 片桐も鮫島も身体の奥底からくる恐怖に顔を青褪めさせながらも、走り出した。

 神矢もみんなが走り出してから、周囲を警戒しつつ最後尾について走った。

 最後尾について走りながら、神矢は一瞬だけ後ろを振り向いた。

 離れた場所に一体の何かが走って来ているのが見えた。先ほど逃げ出した動物の一匹だろうか。いや違う!

 一見してそれは人のように見えた。だがソレが危険な生き物だと直感が告げる。

「もっとスピードを上げろ!」

 神矢は怒鳴った。

「む、無理だ! これで全速力だよ!」

 鮫島が泣きそうな声で叫ぶ。

「わ、わたしもうダメ……」

「加奈子! 頑張って! しっかり!」

「先輩頑張って!」

 山田のスピードが落ちてきている。それを友坂と雪野が必死にフォローしていた。

 もう一度後ろを肩越しに見る。先ほどよりも距離が近い。このままだと追いつかれる。

 神矢は雪野たちを見た。彼女たちの逃げる時間を稼がなければ。

 神矢は一旦スピードを上げて、鮫島たちに並んだ。

「ど、どうすんだよ神矢! もう、もたないぞ!」

「山田も限界だ! 俺もだけど!」

 喚く二人に、神矢は言った。

「俺が時間を稼ぎます! 片桐先輩たちは、女子たちをお願いします!」

 二人は神矢を少しの間凝視して……。

「……わかった。本来なら先輩の俺の出番なんだろうが……頼んだ」

「こんな所でくたばんなよ。まだまだ俺の罪滅ぼしは終わってねーんだからな!」

 神矢は頷いて、次に雪野たちを見た。

「そういうわけだ。無事に逃げてくれ」

「……何でいつも神矢くんばかり」

 雪野が歯噛みしたが、唇を引き結ぶと神矢を見た。

「神矢くん、コレ」言ってスターターピストルを放り投げて渡してきた。

「神矢くん! 絶対に戻ってきてよ!」

 泣きそうな顔で悲鳴に近い声をあげる雪野に微笑み、神矢はスピードを落とし、そして立ち止まって息を吐いて、迫り来るソイツに向けて弓矢をつがえた。

 ソイツは猿などではなかった。上半身は裸で、腰に蓑のようなものをつけている。どちらかと言えば人間のような、どこかの部族のように思えた。

 肌は岩肌のような灰色。2本足で走り、身体も人間と変わらないように見える。頭はスキンヘッドで顔の輪郭も人間と似ている。だが、その目が明らかに違っていた。

 メガネザルという目がかなり大きい猿がいる。ソイツの目はメガネザルのように、大きく丸い目をしていた。

 その目が神矢を標的として捉え、凄まじい勢いで迫ってきた。獲物をみつけた喜びからか、口を大きく開けて笑っていた。口元に生える歯も、人間のものではなく鮫のようにギザギザした凶悪な歯だった。

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