九十八話 画策ー2

 昼が過ぎた。何があったのかわからないが、雪野、上原、宍戸の三人が、前よりも増して神矢と仲良さげにしているのを見て、鮫島たち三人の決意はより強固なものになった。


 女子の下着を盗むためにはまず、女子が洗濯を行って干している場所まで行く必要があった。

 女子は下着を見られたくないらしく、竹で組んだ枠に校舎内のカーテンを取り付けてブラインドを立てている。ブラインドには、男子禁制! と書かれた張り紙がしてあった。

 鮫島たちは、新聞紙を目と口の部分を切り取りとったマスクを装着した。顔を見られたら終わりだ。

 作戦はこうだ。さっき、その辺で虫捕まえたエンマコオロギみたいな虫を虫籠に入れて、数匹ブラインドの奥へと解き放つ。

 女子たちはきっと驚いて逃げるだろう。その間に、下着をニ、三枚盗み出せばいいのだ。

「準備はいいか?」

 鮫島が聞くと、二人は頷いた。

 そして、虫籠に入っていたエンマコオロギをブラインドの向こう側へと解き放つ。

「い、いやあーー! ちょっと何よこの虫! いや、こっち来ないでーー!」

「ひぃい! 足に引っ付いたーー! だ、誰か取ってえー!」

 向こう側は阿鼻叫喚となった。

「みんな下手に刺激しちゃダメよ! とにかく逃げるのよ!」

 慌ただしく足音と声が遠ざかったいく。

「よし。今のうちだ」

「ド、ドキドキするな」

 静かになったのを見計らって、鮫島たちはブラインドの奥へと入り込んだ。

 竹で作った物干し竿には、洗濯した女子の制服やジャージがかけられていた。そして、目当てのブラもパンツも干してある。

 にやけそうになるのを抑え、鮫島はそれを取ろうとした。

 と、突然田川がその手を引っ張った。

「お、おい、鮫島……」

「何だよ! 邪魔すんなよ!」

 鮫島の目には、目の前の下着しか映らない。誰の下着だろうか。雪野のだったらいいなと、そんな事をふと思う。その時は自分のものにしよう。

「さ、鮫島、あ、アレを……」

 小山までもが、鮫島のジャージを引っ張って邪魔をした。

「だぁもう! 何なんだよ!」

 二人が指差したものを見て、鮫島は言葉を失った。

 それは異質な白の輝きを放っていた。雪が陽光に照らされ光輝いているかのようだった。この地底で太陽があるわけでもないのに、後光が差して見えた。

 それ自体の存在感が凄まじく、見る者を圧倒させた。

 銀のようにも金のようにも見える光沢を持つ白い布。形こそ下着ではあったが、それは正に天からもたらされた神の如き至極の一品であった。

 三人はその光に心を奪われた。先ほどまでのどす黒い心が浄化されていくのを感じた。

 俺たちは何てことをしようとしていたんだ。

 鮫島たちは、神の前で懺悔するかのようにその場に正座をしてそのパンツを拝んでいた。


 

 講堂の端に、鮫島たちは正座をさせられていた。

 その前には怒りの形相の女子たちの姿がある。その中には、雪野も上原も宍戸もいて、鮎川も呆れた顔で三人を見下ろしていた。

 少し離れて矢吹も九条もいた。二人も呆れ顔だ。

 今しがた呼ばれた神矢は状況が飲み込めず訊ねた。

「何があったんですか?」

 それに矢吹が答える。

「洗濯ものを干していた女子を虫で脅かして、その間に忍び込んで女子の下着を盗もうとしたらしいんだが……」

 続きを九条が言う。

「一枚の下着を、正座して涙を流しながら拝んでいたんだと……」

「言っている意味が分からないんですが」

「俺たちも意味わかんねーよ。とにかく、鮫島たちがお前に謝りたいって言うから、お前を呼んだんだ」

 とりあえず話を聞くことにしたが、三人の話を聞いて全員が憤慨した。

「神矢くんを下着ドロの犯人に仕立て上げようとしたわけ? サイッテー!」

 女子たちからの非難轟々に、鮫島たちは土下座をして額を床に擦り付けて涙と鼻水を流して謝罪した。

「すまなかった……。本当にすまなかった……。どんな処罰でも受ける所存だ……」

 鮫島たちのみっともない姿に神矢たちは困惑した。もっとプライドが高い生徒たちだと思っていたのだが。

「……下着を拝んでいたって言いましたね? 鮫島たちがこんな心変わりをするような下着って一体?」

 女子たちの顔色が変わった。

「さて、鮫島くんたちも反省したみたいだし、もういいわよ。はい、解散解散」

「え? ちょっと待てよ。まだ話は済んでない──」

 矢吹が抗議するが、女子たちの、どこか迫力ある笑顔に口を閉ざした。

「何なんだいったい?」

 九条も鮎川に視線を向けて尋ねるが、鮎川も「世の中には知らなくてもいいこともあるでしょう」と、これもまた有無を言わせない圧を発して言って、九条を黙らせた。

 ……あまり下着について追求するのも可笑しな話だ。

 鮫島たちの心変わりの理由もよくわからないが、とにかく女子たちはこの話を終わりにしたいらしい。

 鮫島たちに下着のことを聞くのもどことなく憚れる。

 結局何もわからないまま、神矢たち男子は講堂を追い出されてしまった。

「……神矢、今まで本当にすまなかったな。これからはちゃんとお前に協力するから許してくれ」

 嗚咽混じりに謝罪する鮫島たちを見て、神矢は気味悪さを覚えた。

「また一つ不可解な現象が増えたな。これも考えるだけ無駄かもな」

 矢吹の言葉に、九条とともに頷く。

 彼の言う通り、神矢はあまり深く考えないことにした。

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