八十七話 九条の決意
「正気か? 九条の旦那」
矢吹が九条を凝視して訊いた。
「無茶よ! さっき、慎重に行動しろって自分で言っていたじゃないの!」
鮎川が九条に怒鳴る。
矢吹たちと再び合流した後、みんなから距離を置いた所で、九条は鮎川と矢吹にだけ自分の案を聞かせた。矢吹はリーダー的存在だし、話しておく必要があった。
そして、恋人となった鮎川もだ。彼女に黙って行くことなどできなかった。
九条が二人に伝えたのは、ラーテルベアの巣穴の事だった。
二度足を踏み入れたわけだが、巣穴の中は入り組んでいて、四方八方へと道が繋がっていた。それが神矢のいる洞窟に繋がっているかどうかは、分が悪すぎる賭けだった。それ以前に、ラーテルベアの巣穴に行く事自体が自殺行為だと二人には思われたことだろう。
「……決して自棄になったわけじゃない。この世界のラーテルは、ミツツボアリの蜜が大好物らしいんだ。ペットボトルに入れて持って行けば、危害は加えられないはずだ。それに、あいつらはかなりの知能を持っているというのが、俺と神矢くんの見解だ。体格差お構いなしに、何にでも喧嘩をふっかける地上のラーテルとは違うんだよ」
「でも危険なのは変わらないでしょう! しかも一人で行くだなんて余計無茶よ! どうしてもって言うならわたしも行くわ! あなた一人でなんて絶対行かせないから!」
九条は鮎川を抱き寄せて、その唇に自分の唇を重ねて口を封じた。
彼女は突然のキスに驚いて目を見開いた。
「旦那もやるね……」矢吹が言いつつも目を背けた。
「こ、こんなんじゃ誤魔化されないからね!」
「いや、別に誤魔化すつもりじゃなかったんだが、行く前の景気付けってヤツさ。それに、こんなんじゃまだまだ物足りないし、帰ってきてからもっとしてもらわないとな」
「ちょっと! 矢吹くんの前よ! 何言ってんのよ!」
矢吹は「今日もあちーなぁ」と言って、手で顔を仰いでいた。確かに、自分でも言っていてかなり恥ずかしい。だが本心だ。
「俺も一緒に来てもらったら心強い。だけど、そういうわけにはいかない。巣穴に行けるメンバーは限られている。今のところ、俺と神矢くん、林くん、片桐くん、友坂さんだけなんだ」
「……どういうことだよ?」矢吹が訊いた。
「前回、巣穴に歓迎された時、俺たちはマーキングをされたんだよ。アナグマ科の仲間は、互いに匂いをつけることで仲間や家族の証とするそうだ」
「するってえと、旦那や他の連中は仲間と認められたわけか?」
「おそらくな。蜜を献上してなければ、今頃俺たちはあいつらの胃袋の中だったかもしれないが」
いや、蜜がなかったとしても敵意は感じられなかった。それは、巨大樹から出てから出くわしたラーテルもそうだった。
理由はわからないが、敵でないのならまだ可能性はある。
「林や片桐も連れて行けばいいだろう。俺から言ってやる」
「いや、二人とも二度と行きたくないだろうし、無理強いは良くない。とにかく、巣穴には俺一人で行く」
断固として譲らない九条に、矢吹がため息をついて鮎川を見た。
「だとよ、先生。これ、止めても無駄だろうぜ」
鮎川は俯き、手を握りしめていた。
「……翔子」九条は彼女を下の名前で呼んだ。
すると鮎川は、顔をあげたかと思うと、突然彼女の方から九条の顔に手を添えてキスをしてきた。
少し驚いたが、九条は鮎川を抱きしめた。
「……あーもう、だから思春期真っ盛りの男子生徒の前でそういうことすんなよな」
矢吹が言ってため息をついた。
「絶対に戻ってきて」
九条は「戻ってくるさ」と力強く頷いた。
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