八十四話 鼠の絨毯

 もうこんなお約束展開はないだろう。そう思ったが、やはり甘かった。

 地底に限らず、洞窟探検というのは様々な自然の障害が待ち受けている。先ほどの、奈落の崖に通された一本道のようなものだったり、大量に蠢く生物……ムカデ、ヘビ、蜘蛛、大体が毒を持つ生物が待ち受けていたり。

 次の大きく開けた場所で、神矢を待ち受けていたのは、体毛がなく身体が皺だらけの鼠の大群だった。

 神矢が出てきた通路から二メートル程低い場所、かなりの広さに埋め尽くさんばかりの奇怪な姿が蠢きひしめきあっている。

 ハダカデバネズミ。エチオピアやケニアに生息しており、地中で大規模な群れを形成する鼠である。

 ムカデやヘビの大群も不気味だが、ハダカデバネズミの大群も大概だった。前者に比べれば、毒がないだけ僅かにマシか。

 図鑑の情報では、草食性で、他の動物に自分たちから危害を加えることはほとんどないはずだが、やはりそんな情報はここではアテにならない。

 もしこれだけの鼠に襲い掛かられたら、ひとたまりもないだろう。

 だが先に進むには、この鼠絨毯の中を通っていくしかない。

 何か使える物はないだろうか。神矢はリュックの中を探して見た。先ほど採った宝石の原石、少量の光岩のカケラ。金槌にサバイバルナイフ、数枚のタオルに、燻製肉など。

 燻製肉を出した途端、鼠たちが一斉にこちらを向いた。

 ヤバい。瞬間的に、神矢は燻製肉を鼠の群れに放り投げた。落ちると同時にそれに鼠たちが怒涛の勢いで群がり、山が出来あがった。やはり、草食ではなかった。

 ハダカデバネズミは目が見えない分、その他の器官が発達しているという。匂いに敏感なのだろう。

 神矢はゾッとしながらも、次々と燻製肉を左右に投げて鼠の注意を引きつけた。

 僅かばかり中央に道が出来た。

 躊躇はしていられない。神矢は意を決して、鼠の群れに入って駆けた。何匹かの鼠を踏みつける感触に顔をしかめながらも、とにかく全速力で走る。

 鼠が神矢の動きに反応して、何十匹と噛みつこうと襲いかかってくるが、間一髪でどうにか走り抜けた。

 対岸の高い場所へとよじ登り、更に奥まで走り続けた。

 背後を見たが、鼠たちは追ってこなかった。

 息を切らし、その場に座り込む。

「……神様、マジでもう勘弁してくれ」

 神様を信じているわけではないが、神矢はそう願った。こちらの都合の悪い時だけ縋る都合の良い存在だとは思ったが、とにかく今は心から願った。

 果たしてその効果があったかどうかはわからないが、先に進んでみてもごく普通の平坦な道で、何も起こらなかった。

 やがて、滴るような水の音が聞こえてきた。

 音のする方に向かうと巨大な空間に出た。

 拠点としていた洞窟よりも広い。

 湖があった。地底湖だ。

 だが、それよりも神矢は別のものに目を奪われていた。

 天井にシャンデリアのようにぶら下がった光る玉。それが、天井から幾つも吊るされており、この場の空間を照らしていた。赤、青、黄、緑など、まるでイルミネーションだ。

 その光が湖の水面にも映り、上下の光のパレードとなっている。

 見た事もない幻想的な光景に、神矢はしばし言葉を失っていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る