八十一話 孤立
地震はどうにか収まった。
神矢は外の様子がわからないか、埋もれた岩壁に近づいた。
なるべくのぞいている手足を見ないようにした。
どこかに隙間があるのか、外の生徒たちが無事を確認している声が聞こえる。
「おい! みんな無事か! 怪我はないか!」これは宮木の声だ。
「森下君たちがいないわ!」
「あいつらなら洞窟にいたぞ! どうなった!」
他の生徒たちの声に、鮎川の声が混じる。
「……神矢君も洞窟に!」
神矢は中から大声を出した。
「俺はここだ! 洞窟内に閉じ込められた!」
「何だと! 無事なのか」宮木が大声で呼びかけてくる。
「神矢くん! 大丈夫なの!」鮎川も悲痛な声を出した。
「俺は大丈夫です。だけど、三年の人たち四人が、この岩の下敷きに……」
「……くそ。何てこった。だがとにかくお前だけでも無事でよかった。何とかして出してやるから──」宮木の声の途中で、続けて地震の第二波がやってきた。
天井に亀裂が入り、今いるこの場も危険だと察知する。
「宮木さん! ここも崩れます! とりあえず、俺は奥の方に避難します!」神矢は怒鳴った後、奥へと走った。
その直後、さっきまで神矢のいた場所に天井が崩れ落ちた。
少しして、ようやく地震はおさまった。再び埋もれた入口まで行くが、外の声はまったく聞こえない。
完全に閉じ込められて焦る。粉塵漂う場所を避けて、深く深呼吸をして、落ち着けと自分に言い聞かせた。
……どうする。考えろ。この状況でできることはなんだ?
幸い、この洞窟内の岩壁は僅かに発光しているから、薄暗くはあるが、慣れれば視界は問題なかった。
まずは持ち物だ。周囲を見回し使えそうな物を拾う。
ライター、サバイバルナイフ、松明、作業用の金槌、寝床に使っていたバスタオルや手拭い。森下たちが先程飲んでいた水入りのペットボトル。あとは、いつも持っているペンライト。
次に確認しなければならないことは、洞窟の奥の状態確認だ。奥は行き止まりだが、三叉路の真ん中奥には、燻製肉やペットボトルの水などが保管されている。中に閉じ込められたのなら、食糧も水も必要だ。
酸素はどうだ? この空間の天井やトイレ、貯蔵庫にも穴や小さな隙間があったから、窒息することはないだろう。
神矢は洞窟の真ん中奥に向かった。
燻製肉やペットボトルの水は無事だった。それらを確認していると、ふと風を感じた。
地震の影響で、壁側にあった細い空洞部分が崩れて人一人どうにか通れるような隙間ができていた。が、奥の方はさらに光が弱いのかかなり暗い。
この先に進むべきかどうか逡巡する。この場で待機していても、助けは期待出来ない。ならば進むしかない。
明かりは携帯しているペンライトや松明で何とかなる。問題は、この奥がどこまでも続いているのかだ。もしも、迷宮のように入り組んでいたなら、方向が分からず彷徨い続けることになる。
神矢は一旦戻って、崩れた光る岩の一部を、作業用に使っていたハンマーで細かく砕いて、ポケットと鞄に詰めた。コレを地面に置いて、目印をつけていこう。
壁に張り付つくように横這いに移動して隙間をくぐり抜けて、どうにか洞窟の奥へ入りこんだ。
少し進むと少し肌寒くなってきた。天井からは鍾乳洞がぶらさがっていた。
道は人一人が少し余裕をもって通れるくらいのもの。足元に注意して、先へと進んでいく。
いつも一緒にいた雪野、上原、宍戸、矢吹、九条はいない。あまりに静かだ。
今までが賑やかすぎたんだ。これが本来の自分だった。
神矢は進みながら、そう考えた。
鼓動や呼吸が早くなり、不必要に周囲を見回してしまう。
不安を感じているのか? 神矢は自分の感情に少し戸惑った。
小学生の高学年の頃、神矢のクラスメイトたちの心がどんどん離れていった時と同じだった。疎まれ、孤立し、誰も助けてくれるものはいなくなった。その時も不安になった。だが、そんな状況に負けてたまるかという思いで、感情を押し殺して耐えた。
「あの時とは状況は違うけど、こんな思いだったな」
道は険しいものだった。足場は段差が激しく、岩壁を登って狭い通路を進んだり、奈落の底のような穴が開いていたりしていて、一時間もすると荒い息をついていた。
「……あまり進んだ気がしないな。一キロぐらいか」
体力を激しく消耗するわけにはいかない。神矢は座り込み、ペットボトルの水を飲んだ。
果たしてこの先はいったいどこに繋がっているのか。今のこの場所よりももっと悪い所に出るかもしれない。行き止まりの可能性だってある。
だが、確かめないわけにもいかない。
神矢は一息ついてから、再び奥へと向かった。
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