八十話 崩落

「みんなー、朝礼するから広場に集まって」

 食事を終えた後、鮎川の声が洞窟内に響いて、ゾロゾロと生徒たちが移動を始めた。

 洞窟でも校舎でも、毎朝毎夕の点呼は欠かさない。

 神矢も男子部屋を出ると、部屋の前にいた鮎川と目が合った。

「神矢くんおはよう。朝礼が終わったら今日はゆっくり休むのよ」

 洞窟前広場に集まり、点呼が行われ、その後簡単な身体をほぐす体操が行われた。

 体操が終わると、次は今日の作業内容の確認である。

 洞窟手前の壁には、校舎から運んできた黒板が設置されていて、そこにスケジュールが書かれている。

 探索組のメンバー編成や、洞窟内及び周辺の整備や清掃活動。罠の確認と再設置。バリケードの点検と、周囲の巡回など。そして、休息組の中に神矢の名前が入っていた。この日の休みは神矢だけだった。

 朝礼が終わって、各自作業に取り掛かる。

 神矢はありがたく、中で休ませてもらう事にした。もう少し。あと少しで自分への気持ちに整理がつきそうなのだ。

 それが済んだら、校舎へと戻ろう。そして、雪野たちとしっかりと向き合おう。

 洞窟内へと戻り、部屋の手前の空間の隅に座って、壁に背を預けて息を吐く。

 心を落ち着かせ、自分を見つめ直していると、誰かが洞窟内に入ってくる気配がした。

 四人がコソコソとしている。同学年ではないので名前程度しか知らない。

「今日は俺腹いてーんだよなぁ」体格がいい三年の森下。

「俺、昨夜見張りだったんだよ。休ませてもらおっと」細顔の橋爪。

「俺の出番はまだだ。まだ俺の力を使う時ではない」四角顔の和田。

「あたし、体力仕事って苦手なのよねえ」こちらも森下と同じくらいのいかつい体格の女子、宇治木。

 いろいろ理由を言っているが、ようするにサボりである。

 この地底世界は危険な場所であり、協力し合わなければならないのはみんな百も承知のはずだ。だが、かと言って四六時中気を張っているのにも限界がある。森下たちが休みたくなる理由も、わからないではない。

 だが、休みたいのであれば、鮎川や他のメンバーの了承を得ればいいのではないか。そうすれば、コソコソせずに堂々と休めるのではないか。

 少し不快に思いつつも、神矢は彼らを無視することにした。今は自分の気持ちの整理の最中なのだ。

 その後、彼らは何やら下の話で盛り上がっていた。時々三年の連中がこちらをチラリと見て、ヒソヒソと何やら話し笑い声をあげている。

 そうだ。この感じだ。地上では、彼らの態度が神矢にとって普通だったのだ。

 考えて見れば寂しい高校生活だな、と自嘲した。もっとも、実際には寂しいとは思わなかったし友達などいらないと思っていた。別にそれでいいと思っていた。

 そしてこのまま社会人になっても、周りとうまく打ち解けることもなく過ごしていくんだろう。そう考えていた。

 この地底に来て、九条や矢吹、雪野たちと行動を共にした日々を思い起こす。こんな日が来るなんて思わなかった。今では、彼、彼女たちは、神矢にとって大切な仲間となっている。

 神矢は校舎のある方向を見た。そして、目を閉じて今までの自分と訣別すると決意する。

 よし。校舎に戻ろう。

 立ちあがろうとした時、ふと、神矢は地面が少し揺れたのを感じとった。

 三年生たちは何も感じなかったのか、おしゃべりに夢中だ。

 気のせいだろうか。怪訝に思った次の瞬間、それは来た。

 地面を突き上げるような振動。校舎で体感した時のような凄まじい衝撃がきた。

 悲鳴をあげる三年生たち。洞窟の外からも、作業していた生徒たちの悲鳴が聞こえてくる。

 巨大地震だ。

 洞窟の天井からぱらぱらと砂埃や岩の欠片が落ちてくる。このままでは洞窟が崩れる。

 神矢は洞窟の外へと駆け出した。が、揺れが激しく走る事もままならない。

「に、逃げろぉ! 早く外へ!」

「お前邪魔だ退けよ!」

「置いていかないでよ!」

 三年グループも駆け出している。先ほどまで仲良く話していた仲間を押しのけて、我先にと逃げようと必死だ。彼らもバランスを崩し、倒れながらも走った。

 出口までもう五メートル。一気に駆けて脱出しようとしたその時、

「どけえ!」

 森下に肩を掴まれ、後ろに引き倒された。

 背中を地面に打ちつけて倒れる神矢。三年グループがその横を目もくれず通っていく。

 彼らが出口にまで差し掛かったその時、天井が崩れ巨大な岩の固まりの雨が彼らに降り注いだ。

 悲鳴を上げるが轟音にかき消され、そのまま彼らは岩の塊に押しつぶされた。

 響き渡る轟音、立ち込める土煙。洞窟の出入り口は完全に塞がれてしまった。

 岩の間からは、三年の誰かの腕や足が覗いていた。

 

 

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