七十九話 自戒

 地底生活四十日目。

 神矢が校舎から洞窟に移って三日目の早朝。まだ薄暗いが、体感的に朝に近い時刻だとわかった。

 眠気はなかったが、特にすることもないため、神矢は地面に敷いたタオルの上で胡座をかいて、考えていた。

 他の生徒たちは、竹のベッドや、集めた綿の上にタオルを敷いた簡易布団で寝ている。

 現在の洞窟のメンバーで主に知っている顔ぶれは、保険医の早瀬紀子、担任の鮎川翔子、三年の宮木弘人、櫛谷京香、二年の河野仁志、兵藤光一の六人だった。

 他のメンバーは、三年が五人、二年が四人、一年が五人となっている。

 洞窟へとやってきた神矢を、宮木たちは特に訝し気に思うことなく迎え入れてくれた。むしろ、戦力が来たことを喜んでいた。

 鮎川は校舎組だったが、九条に話を聞いて、神矢を心配して来てくれた。

 昨日は何も考えずに、作業に没頭した。罠で取れた兎や鳥などの血抜き、解体、燻製肉の作成。洞窟周辺の巡回。宮木の調理手伝い、などなど。

 洞窟の中は相変わらず快適だった。身体から力が滲み出てくる感覚がして、やる気に満ちてくる。

 謎の洞窟効果で体調は心身共に万全の状態。多少の悩みや不安など吹き飛ばしてくれる。だが、心の底に根付いたものに関しては吹き飛ばしてくれないようだった。それでもここだと、心を落ち着かせて、自分と向き合うことが出来るのはありがたかった。

 神矢は宮木や鮎川に、一日休ませてもらうことを願い出た。

「……相変わらずお前は働きすぎなんだよ。ブラック企業じゃないんだから、ちゃんと休めよ」

「九条さんからも話を聞いているわ。ほんっと無茶ばかりしてみんなに心配かけて。とにかく、あなたはしばらくじっとしていなさい」

 二人に言われて、神矢はこの日休むことにした。

 頭によぎるのは、雪野、上原、宍戸の三人だ。彼女たちは今校舎でどうしているだろうか。

 地底に来てから、思えばほぼ毎日顔を合わせていた。

 地上にいた時は、クラスメイトだがほとんど関わりを持たなかった。

 地底に来て、雪野を蜘蛛から助け、上原をピラニアやカンディルのいる川から助け、宍戸を巨狼から庇った。……巨狼は別に襲ってきたわけではなかったが。

 以来、彼女たちの神矢を見る視線が特別なものへと変化している。

 最初は気づかなかった。そもそも地上にいた時は、人間関係に煩わしさを覚えていたため、同世代の人付き合いですら怪しかったのだ。だから、友人と呼べるものもいなかった。

 希薄な人間関係すら築けなかった神矢が、いきなり女子三人に好意の視線を向けられたところで戸惑うのも無理はなかった。

 割り切って三人の誰かと付き合う、なんてことは神矢の性格上ありえなかった。だから、ここまで悩んで洞窟に逃げてきたわけだが。

 この地底にやってきて、ここでは仲間の協力なしで生きていくことは困難だと直ぐに気づいた。

 しかし、クラス内でずっと一人だった神矢に、いきなり仲間を作れと言われても無理がある。だから、九条に目をつけた。

 九条は、校舎ごと沈んで混乱していた生徒や教師を講堂へと集め、落ち着かせようとしていた。大人としての義務感と警備員としての責務を果たそうとしての行動だったが、生徒たちからは不審な目で見られていた。九条を哀れに思ったのもあるが、そんな彼なら力を貸してくれるだろうと声をかけた。

 いつのまにか、神矢にとって九条は信頼のおける人物になっていた。

 矢吹もそうだ。最初は問題児グループのリーダーで、ロクでもない奴だと思っていたが、行動力があり、統率力があり、力もあって頼りになるリーダーだとわかった。

 鮎川は生徒たちの意見をよく聞いて、一緒に考え、共に行動して、心配してくれる担任だった。改めて、神矢は彼女を軽んじていた事を反省した。

 櫛谷たちは浦賀たちの性奴隷となっていた。もともとウリをやっていたという事で、同情はしなかった。が、宮木が必死になって彼女を助けだし、彼女たちの事情を後で聞いて、自分の考えの浅はかさに自己嫌悪した。

 林や片桐も、地上にいた時は、悪さばかりしていたと矢吹に聞いた。周囲に迷惑をかけるようなヤツは、どうなっても自業自得だというのが、神矢の考えだった。

 だが、二人は生死をかけた探索で生き残り、変わったように見えた。神矢を気遣う素振りさえ見せるようになった。

 神矢は拳を握りしめた。

 彼、彼女たちと比べて自分はなんなんだ。

 過去を引きずり、他人を遠ざけてきて、今もまた、雪野たちから逃げている。

 本気を出せば自分は強い。周りに頼らなくても生きていける。そんな傲慢な考えを持ち、周囲を見下して強くなった気でいた。

 この地底で幾つもの危機を乗り越えてきた。精神的にも自分はタフな方だと思っていた。

 なのに、実際このザマだ。彼女たちの気持ちに気づきながらも逃げた自分は、ただの臆病者ではないか。

 神矢は自分への苛つきを落ち着かせようとして、深呼吸をした。

 いつのまにか洞窟内が明るくなってきて朝が近い事を示し、もぞもぞと生徒たちが起きだした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る