七十三話 共謀
地底生活三十七日目。
食糧庫に隠しておいた蜜酒が完全になくなっていたので、林は膝をついてその場で絶望の雄叫びをあげていた。
「何故だぁ! 何故俺の酒が無くなっているんだよぉ!」
サバンナでの生死がかかった移動。巨大キングコブラとラーテルベアの戦い。新たな地域にあった巨大樹の樹洞。黒河とのタイマン。ラーテルベアによる巣穴への連行。蚕蛾の癒し。
ここまで過酷な探索になるとは思わなかったが、とにかく、帰ってきたら蜜酒を腹一杯に呑もうと、心の底から楽しみにしていた。だというのに、何たる仕打ち。
「宮木ぃ! どこだぁ!」
食糧庫に出入りする人物は限られている。直ぐに思い浮かんだのが宮木だった。きっと料理に使用したのだろう。
林が食糧庫から出た所で、ジャージ姿の女子生徒とぶつかりそうになった。
「うぉっと、危ねえな! って、お前は友坂。何でお前がここにいるんだよ」
「何でって、わたしは宮木たちの手伝いしてんのよ。あんたこそ、こんな所で何しているわけ?」
「お、オレはちょっと探索で採ってきた食材をだな、ここに置いておこうと」
嘘ではない。あの蜜酒は探索で手に入れたものなのだ。
「ふーん、それってコレのこと?」
友坂はニヤリと笑って、黄金色の液体が入った350mlのペットボトルを取り出して林に見せた。
「あ、お、お前、それはひょっとして俺の蜜酒!」
「なるほど。コレはあんたのだったのね。ごめん、わたし、飲んじゃった。だって、メチャクチャ美味しいんだもん」
そうだろう。林もコレほど美味いと思える酒は出会ったことがない。……まあ、まだ十八歳だから、そこまで言うほど色んな酒を飲んではいないが。じゃなくて!
「貴様ぁ! こんなことをしてタダで済むと思ってんのかよ! 俺はこの前のサバンナで死ぬ思いをしたんだ! 生きて帰れたらコレを飲むと決めていたんだ! それなのによくも!」
「だからゴメンって……。でも、コレってどこで手に入れたの? そんなに欲しけりゃまた手に入れればいいじゃないの」
「そ、そんな簡単に手に入るもんじゃないんだよ!」
言われなくても、そのうち探索メンバーに参加してこの蜜酒を取りに行くつもりだった。だが、その前にサバンナ横断メンバーに加えられてしまったのだ。
「……ねえ、わたしと組まない?」
「組む? お前と?」
「そう。わたしもこの蜜酒を気にいっちゃってね。二人だけの秘密にしないかしら」
そう言って、ペットボトルを林に渡してきた。
「アンタもコレを独り占めしたいから、黙って隠していたんでしょう? わたしも同じ。だから、この蜜酒を隠していた人物を探していたのよ」
林はペットボトルを受け取り、友坂を見た。
友坂は櫛谷たちと同じく、男子たちの性処理をさせられていた女だ。かなり良い身体をしていたのを覚えている。
ジャージ越しに、友坂の裸体を思い浮かべて舌なめずりをした。
「な、何よ、そのゲスい目は。言っておくけど、わたしはもう身体を売ったりはしないからね」
残念ではあるが、生憎最近どうも股間の調子が良くない。この若さでEDとか考えたくはない。きっとストレスが溜まっているのだろう。林は自分にそう言い聞かせた。
「……ま、いいだろう。その蜜酒はな、お前らが知らない別の蜜アリから取れるんだよ」
「そ、そうなの? 何で蟻からお酒ができるのよ?」
「俺が知るわけねーだろう。とにかく、こいつはミツツボアリとやらのレアな個体から取れる特別なもんってことだ。他のヤツらはきっとコレの存在に気づいてねぇだろうな」
友坂は考える素振りを見せ、唸った。
「……とにかく、これを手に入れる為には探索メンバーに入らないと駄目ってことね。探索かぁ……。やっぱり怖いわね」
「俺も最初はビビっていたが、行ってみたら意外と大した事なかったぜ。俺とお前が探索グループに入って、片方が他のメンバーの注意を引いている間に、片方が蜜酒の入手って具合にやればいけるだろ」
「……そんな簡単にいくわけないと思うけど」
林もそう思った。まずは、どうやってその場所にまで誘導していくかも問題だ。
二人して考え込んでいると、校内放送が流れた。
校内放送も発電機の電気で機能している。
『矢吹だ。いちいち集めて話するのも面倒だからこのまま言うぞ。校舎から南東の位置に、ラーテルベアが現れたという情報があった。今からその調査隊を募る。行きたいヤツは俺の所に来い。校舎入り口前で待っている。言っておくが、いつも以上に危険かもしれんからな。自信のないやつは来んなよ』
放送がブツリと消える。林は友坂を見た。
「南東ってどっちだ?」
「えっと、校舎入り口から出て真っ直ぐが北だから、校舎の右斜め後ろじゃない?」
その方角をイメージして、林は「あ!」と叫んだ。
「な、何よ? いきなりビックリするじゃない」
「そうだよ! その方角だよ! 南東に行けば、この蜜酒が手に入るんだよ!」
「え、マジで? 丁度良かったじゃん! その調査隊について行けばいいってことよね」
その通りなのだが、林は迷った。あのラーテルベアの調査と聞いて尻込みしていた。あれに追いかけられて死にそうになったり、巣穴に連れ込まれたことは記憶に新しい。
しかし、やはりこの蜜酒はなんとしても手に入れたい。
「よっしゃぁ! やったるか!」
自分の頬を叩いて林は気合を入れた。
「……足震えてるけど、大丈夫かなコイツ」
林は友坂の言葉を無視した。
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