七十一話 三人の決意

 校舎の外のジャングルからは、相変わらず様々な動物の声が聞こえてきていた。

 猿のような声。梟のような声。低い唸り声。悲鳴のような甲高い鳥の声。

 そんなジャングルの上空に見える光る岩肌は、満点の星空のように光り輝いていた。

 神矢は校舎の一階の廊下の窓から、上空をボンヤリと眺めていた。

 地底生活三十六日目の夜。

 教室の時計では夜の10時を指していた。

 生徒たちのほとんどは、一日の作業や探索で疲れているのか既に寝静まっている。

 いくつかの教室では明かりが漏れているが、騒ぐような声は聞こえてこなかった。

 これも矢吹や九条の指導の賜物だろう。

 ジャングルから聞こえる声は不気味だが、校舎内は比較的静かではあった。

 こうしてのんびりと空……ではないが、上を見上げるのはいつぶりだろうか。最近は忙しく動いていたせいで、こういった時間がなかったように思える。

 神矢はため息を吐いた。と、同時に背筋を悪寒を感じて、素早く動いて近くの教室に入って、身を隠した。

 ジャングルで培われた身を守るための危機感知が、この時働いたのだ。

 そして、声が聞こえてきた。

「……あれ? ここに神矢がいるって話だったんだけど」

 これは上原の声だ。

「おかしいわね。男子の教室にもいなかったし、どこ行ったんだろ」と、宍戸の声もした。

「……うーん、最近わたしたち避けられてる気がするわね。何か気に触ることしたかな」

 雪野までもいる。

 神矢の先ほどのため息の理由はこの三人だった。見つからないように様子を見ると、三人ともセーラー服姿だった。いつもは、夜はジャージ姿がほとんどなのだが。

 彼女たちが嫌いな訳ではなかった。だが、何かにつけて神矢と共に行動しようとしてくるし、それを見た周りから野次が飛んでくるし、色々とやりにくくなっているのだ。

 そして、最近では彼女たち三人が決意に満ちた目で、何かを神矢に伝えようとしてくる。

 神矢は直感的に、それを聞けば必ず面倒くさい事になると感じて、理由をつけて逃げ出していた。

「くっそー。今日こそ伝えようと思ったのに……」

「さすがにもう待てないよね。鮎川先生と九条さんもくっついた事だし」

「わたしたち三人の誰が神矢くんの彼女になるか、今日こそ返事をもらうわよ。綾ちゃんたち、恨みっこなしだからね」

「望むところよ」

「遥も綾ちゃんも恨まないでよ」

「言うじゃない、凛。途中参加のクセに」

「わたしは追い込み型なの。負けない自信があるわ」

 そんな会話が聞こえてきて、神矢は思わず耳を疑った。三人が自分に好意を抱いているだと? 

 いや、それらしい事は今まで何回もあった。今までに人の好意を向けられたことがほとんどなかったために、確信が持てなかったのだ。

 彼女たちの気持ちは嬉しい部分もあるが、何か下心があるのではないか、と邪推してしまう自分がいた。

 今までに感じたことのない胸の動悸に戸惑いつつ、とりあえず、深呼吸をして落ち着く。

 彼女たちが去るのを待っていたが、そのまま、廊下に留まって会話を続け始めた。

 早く行かないかな、とこっそりと覗いて様子を伺う。

「ふふん、この時のために、わたしはアレを装着してきているのよ」と、宍戸が胸を張って自信満々に言った。

「アレって、アレでしょ? それなら、わたしだって……」

 と、雪野が恥ずかしそうにスカートをギュッと握った。

「……あんたたちもなのね。そりゃ、あんなモノ見せられて特殊効果あると言われたら、身につけるでしょ」

 苦笑して言う上原。

 何を言っているのかわからなかったが、次の雪野の言葉に思わず吹きそうになった。

「本当に効果あるかな……。この勝負パンツ」

 勝負パンツ……? 彼女たちは何を考えているのだ。神矢の思考がショートしかけた。

「不思議な力を感じるのは確かね。……それにしても、このパンツ、ホンットヤバいわね。下半身が、天使の抱擁みたいに優しく包み込まれているみたいな感じ……。物凄く落ち着くんだけど、こんな安らぎに下半身が包まれていたら、逆に落ち着かないというか……」

「うんうん、こんなの初めてよね。……わたしたち、コレ履いてて大丈夫かな? 浄化されてしまわない?」

「あー、結構ヤバいかも。下半身とともに心が洗われてしまいそう」

 何か訳の分からないパンツ談義が始まった。

「……膜が再生したりして」

 上原がとんでもない事を言い出した。そんな下着があってたまるか。

 雪野と宍戸が笑い声を上げて、それから真面目な顔になり、視線を見合わせ。

「このパンツに限ってはありそう……」

 だからなんなんだよその下着は。

「ていうか、綾ちゃん初めてじゃなかったのね。いったいいつの間に……?」

 宍戸が訊いて、上原は苦い顔をした。

「……ん、まあ、ちょっと今年の初めくらいにね。二人はどうなの?」

「ま、まだだけど」

「わ、わたしも」

 赤裸々な話に、神矢は逃げ出したくなった。女子の会話を盗み聞きするなど、最低な行為ではないか。

 これ以上聞いてはいけない。神矢は深呼吸をして、精神統一を行った。自分が自然界の一部であることを意識して、周囲と一体化する。マタギが狩りを行う際に自然と一体化するように。もっとも、神矢の周囲は自然ではなく学校の教室だったのだが。

 精神統一のおかげで、雪野たちが何を話していたのかは聞こえてこなくなった。

 しばらくして。

 意識を周囲に戻すと話し声はなくなっていて、様子を窺うと誰もいなくなっていた。

 神矢は再びため息をついた。

 今の自分に、三人もの女子の熱視線は刺激が強すぎる。

 彼女たちとは少し距離を置いた方がいいだろう。

「……明日、矢吹さんと九条さんに相談するか」

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