七十話 林の探索ー2

 小一時間程探索しただろうか。

 木々の枝にぶら下がる巨大蟻の群れを見つけた。腹部が緑色で、風船のように異常に膨れ上がっている。他の蟻たちが、枝からその蟻の口に何かを移しているようだった。

「な、なんじゃこりゃ?」

 林たちはこれを初めて見て戸惑った。が、真面目組は喜んでいた。

「おお! ミツツボアリだ! やった!」

 そう言って、蟻の尻に空のペットボトルを添えて、腹部を軽く押し中の液体を注いでいった。

「お、お前ら何してんだ? そんなもんどうするんだよ!」

 二人は顔を見合わせて、「そっか。林先輩は初めてですよね。コレはミツツボアリって言って、腹に蜜を溜めるアリなんです。これめちゃくちゃ美味いんですよ」

 と、ペットボトルの口についた蜜を指ですくって舐めた。

「うんまーーー!」

 その光景を見て林たちは絶句した。

「ほら、先輩がたもどうぞ。マジで美味いですから」

 と言って、もう一人が小さいペットボトルに入れた蜜を渡してきた。

 芳醇な甘い香りが漂ってきて、腹の音が鳴った。

「す、少しだけ味見してやるよ」

 林たちはそれぞれ指に蜜をつけて口の中入れて、目を見開いた。口の中に広がる蜜の味。甘すぎず、かつ、しつこくなく、さらに口の中に余韻が残り続けている。

 ジャングル内の食材はどれも美味だが、コレも衝撃の美味さだった。

「も、もう少しよこせ!」

「あ、ずりーぞ林! 俺の分も残しとけよ!」

「あ、俺の分も!」

 林たちはペットボトルの中身の蜜を全部舐め尽くした。

 そんなに大量に舐めたわけではないが、妙な充足感があってこれ以上は今は要らなくなってしまった。

 幸せな気分になっている間に、真面目組が蟻の蜜を取り終えたようだ。二リットルのペットボトル四本分である。

 ミツツボアリは何十匹もいてまだまだ取れそうだった。

「とりあえず、今日のところはこれくらいでいいんじゃないですかね。また別の場所でもとれるし」

「そ、そうなのか?」林は少し感動していた。危険しかないと思っていたジャングルに、こんな甘いご馳走が眠っていたとは。いや、今まで美味い食材を食べていたのだから、美味い物があるのは知っていた。ただ、自分たちで見つけたものを食べるのと、誰かが採ってきたものを食べるのとでは、感動が違った。

 なるほど。危険を犯しても探索に行きたがる連中がいるわけだ。

 それならば、自分たちが食材を手に入れそれを食べる事ができたらさぞかし美味いし、感動するかもしれない。

「よし」林はミツツボアリの群れを辿って先に進んだ。きっとこの先に未知なる食材が眠っているはず。

「お、おい、林!」

「先輩、危険ですよ!」

 止める手下二人と後輩たちを振り切って林は進んだ。

 そして。

 突如として林の目の前に、黒い毛むくじゃらの壁がいきなり現れた。それが、熊のような生物だと気づくと同時に、慌てて林は直ぐに近くの茂みに身を潜めた。

 熊の方は気づいていないようだ。林に背を向けたまま立ったままだ。

 何をしているのか。よく見てみると、熊は木の枝にぶら下がってミツツボアリの尻から蜜を飲んでいるようだった。

 ある程度飲んだ後に、熊は四つ足でのたのたと歩き出した。右に進み木にぶつかり、左に進み木にぶつかったりしている。

 たまにひっくり返ったりして、グァァとうめいたりしては立ち上がり、また歩いて去っていった。

 まるで酔っ払っているかのようだった。

 林は熊が飲んでいたミツツボアリを見た。

 先ほど見たのは緑色の蟻だったが、この蟻は青色だった。

 興味を惹かれて、青のミツツボアリの尻から蜜を指ですくって舐めてみた。

「……これ、酒だ」

 蜂蜜酒というのがあるが、これは蟻蜜酒というのだろうか。

 それにしても、自然界の生物がアルコールを生成することなどできるのだろうか。そんなことは林には分からなかったが、酒に目がない林は、とにかくこの蟻蜜酒を手に入れたかった。急いで二リットルのペットボトルへと移し替えたところで、手下たちが林を探して姿を現した。

「林! こんな所にいやがった! 心配するだろうが!」

「勝手に動くんじゃねーよ!」

「わ、悪かった。今も変な熊みたいなのに出会したトコだ。何とか追い払ったが、改めて危険なジャングルだと思ったぜ」

「く、熊を追い払った? スゲェな林! さすがだな!」

 しまった。また見栄を張ってしまった。熊なんか追い払えるわけがない。勝手にフラフラどこかへ行っただけだ。

「それで、そのペットボトルはなんだ?」

 手下その一が訊いてきた。

「あ、ああ、そこにもミツツボアリがいたからな。それの蜜だ」

 咄嗟に林は嘘をついた。こんな美味い酒の存在をバラすわけにはいかない。これは俺だけのものだ。

「それよりそろそろ帰ろうぜ。この辺りは熊みたいなのが出るみたいだ」

 手下たちも真面目組も頷いた。

「そ、そうだな。今日の所はこの辺でいいだろう」

「さ、賛成です」

 どうにか誤魔化せた。しかし、このペットボトルはこのままだと間違って飲まれるかもしれない。校舎に行けば空き瓶などがあるだろう。それに移し替えて、後は厨房奥の食糧庫に隠しておけば良いだろう。あそこならば、目立たないし気温も低いので長持ちする筈だ。

 食糧庫の鍵は宮木が管理しているが、鍵の場所は、料理部の一年の高田とかいう生徒から聞き出してある。

 良いものを手に入れた。コレは俺だけの秘密にしておこう。

 林は満面の笑みで校舎へと戻っていった。


 林が出会ったこのクマが、この後、サバンナ横断した時に出会ったラーテルベアではないかと気づいたのは、ずいぶん後になってからだった。

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