六十八話 蟻蜜酒
食事を終えて片付けをして、食糧庫で素材の在庫を確認している時だった。
友坂は宮木たちの手伝いをしていた。
奥の方の食材を確認していた時に、段ボールの奥に隠すように置いてあった瓶に気づいた。
酒瓶だ。料理酒かと思ったが、中に入っているのは黄金色に輝く液体だった。
「何だろこれ? こんなんあったっけ?」
蓋を開けて匂いを嗅いでみる。甘い蜜とアルコールの匂いがした。
コレは蜜酒だ。
以前、親が買ったことのある蜂蜜酒を飲んだことがある。それよりもはるかに甘い匂いだったが、間違いない。
誰が、なんで隠すようにして置いたのだろう。
宮木だろうか。この食糧庫に出入りできる人物は限られている。鍵の管理は宮木がしているし、部員の高田も出入りしている。
宮木の書いた在庫リストにこの蜜酒は書かれていない。宮木は結構几帳面だから、書き忘れたということもないだろう。
なら誰かがコレを隠している?
この食糧庫なら、保存状態も保てるし蜜酒を隠すならここしかないだろう。
瓶から芳醇な香りが漂ってきて、鼻口をくすぐり、友坂はゴクリと唾を飲み込んだ。
二十歳以下ではあるが、友坂は時々酒を飲んだりはする。といっても、ジュース感覚で飲める酎ハイや、アルコール低めの甘いカクテルなどだ。
「……ちょっとだけ」
友坂は瓶に口をつけて、一口だけ口の中に含んだ。
口の中が幸せに包まれた。これは蜜アリからとった蜜を酒にしたものだった。
これはヤバい。思わずもう一口と口をつけようとした時、
「友坂、在庫確認ありがとうな。もういいから戻ってくれていいぞ」
宮木が声をかけてきた。
友坂は慌てて瓶を背中に隠した。
「あ、うん、今行くね」
宮木が厨房に行ったのを確認して、友坂は酒瓶を元の場所に戻した。
何で宮木に言わなかったのだろう。言えば、何かわかったかもしれないのに。
ひょっとしたら、この蜜酒の虜になってしまったのかもしれない。
もっとコレが欲しい。だけど、ここにあるのはこの一本しかない。
もし、誰かがこれを作って隠しておいたのなら、必ずその人物はコレを取りにくる筈だ。
現場を押さえて、その人物と交渉をして、蜜酒をもらえないだろうか。
そんな事を考えながら厨房へ戻ると、宮木が話しかけてきた。
「友坂、手伝ってくれてありがとうな。助かったよ」
そう言いながら、食糧庫に鍵をかけて、食器棚の奥の方に鍵を隠した。
「あ、うん、またいつでも言って」
友坂は笑顔でそう返したつもりだったが……
「……ん? 瀬里奈、どうかした?」と、櫛谷が訊いてきた。
「え、な、何が? なんでもないけど?」
「……そう。ならいいんだけど」
訝しげな顔になりつつも、櫛谷は「それじゃあね」と言って宮木と一緒に厨房を出て行った。
危ない危ない。櫛谷は結構勘がいいのだ。隠し事とかをすると、ちょっとした表情の変化や普段からの何気ない仕草からバレてしまうことがある。
今は宮木に夢中だから、少し鈍くなっているのかもしれないが、とにかく助かった。
そういえばもう一人一年生の高田がいた筈だ。彼ももう出て行ったのだろうか。
周囲を見たが見当たらない。
友坂は先ほど宮木が隠した食糧庫のカギを取り出して、こっそりと食糧庫に戻って、先ほどの蜜酒を手にした。
「……ちょーっと罪悪感あるけど、いいよね?」
このまま持っていくのは流石に目立つ。だから、ペットボトルに少量移し替えて持っていくことにした。
コレならば、見た目は普通の蜜アリの蜜にしか見えない。
コソコソしながら、友坂は逃げるようにして、食堂から出て行った。
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