六十七話 宮木の情熱

 食欲を唆る匂いが食堂に満ちていく。

 地上にいた時の学校帰り、繁華街で漂ってくるさまざまな食欲を唆る匂いに、腹の虫を鳴らしていた。

 腹を空かした部活帰りに、その香りは容赦なく高校生の胃袋を鷲掴みしようと襲ってくる。それはまさに悪魔の誘惑であり、衝動に勝てず、ついつい買い食いしてしまい、母親が作った飯を食べれなくなったことがある人も多いのではないだろうか。

 これはその中の一つだ。

 全員がその匂いに騒めいていた。

「うおお! ま、まさかこの匂いは!」

「あ、アレか! みんなが大好きなアレなのか!」

 食堂に詰めかけて、興奮する一同。

 数日前、探索グループが見つけてきたいくつかの新素材。

 野生の小麦、野生の稲、もやしにニンニクだった。 

 そして、数日前からタケノコから作っていたある食材。

 コレだけあれば、あの料理を作る事ができる。

 地底生活三十五日目の昼食の時間である。

「おい宮木! まだか! 早く食わせてくれ!」

 厨房カウンターに身を乗り出して、次々と料理をせがむ生徒たち。もう大興奮だ。

「もうすぐできるから待ってろ。……よしできた。ヘイお待ち! ラーメン定食!」

 宮木が出したのは、ラーメンとチャーハン、それと餃子の三点セットだった。

 かなり手間はかかったが、作りがいがあった。

 麺なんてものは当然この地底にはない。よって、小麦粉から作るのだが、その小麦は校舎に在庫はほとんどなかったため、小麦の稲を脱穀する作業から始まった。米の稲に関しても同じだった。

 脱穀機や精米機などが当然あるはずも無く全て手作業だ。

 脱穀に使用したのは、板に何本もの鍵を打ち付けて、それに稲を絡ませて引き抜くといった作業だった。

 一人では時間が足りないために、櫛谷や同じ調理部の高田、料理に心得があった友坂に手伝ってもらって仕上げていった。

 ラーメンは小麦をすりつぶして小麦粉にする。ジャングルの鳥から取れた卵、調理室にあった重曹、塩を混ぜて小麦粉と混ぜ合わせる。

 麺類を作るのなら、強力粉と薄力粉を混ぜ合わせたモノを使うのが一般的だが、この地底の小麦が何の種類かわからないからこのままだ。

 とにかく時間はかかったが、麺は出来た。

 スープは食糧庫にあった煮干しから出汁をとり、そこに巨大テナガエビなどの川で取れた素材で煮込んだものだ。

 餃子は小麦粉から生地を作り、イノシシ肉、玉ねぎ、ニンニクを微塵切りにして中に詰めたものだ。形が少し歪なのはご愛嬌。

 最後にチャーハンは、野生の米を炊いた後に、イノシシ肉と玉ねぎと卵を炒めて、そこに炊いた米を投入して塩胡椒で混ぜ合わせたものだった。

 野生の米も、食べれるようにするのは大変だった。擦り漕ぎ容器で、籾殻もみがらをバットなどの先でグリグリして玄米にして、更にざらついた木の板の間に玄米を挟んでグリグリ力加減に気をつけて回すと、米は白くなった。何もない昔の人はこんな大変なことをして、米を食べていたのかと尊敬した。

 とにかく、やれることはやった。どれもシンプルな作り方ではあったが、果たして反応は……。

「う、うめえ! うめえよ宮木!」

「お前は天才か! お前のようなやつがこの学校に居てくれてホントに嬉しいぜ!」

「うああ! 麺の替え玉をしたかったのにスープまで飲み干してしまったぁ!」

 中には泣き出してしまう者までいた。

「よし」宮木は腰の辺りでガッツポーズを取った。

「みんな喜んでるね。良かったじゃん宮木」

 友坂も笑顔になっていた。

「さっすが宮木。惚れ直したわ」

「スッゲェっす先輩! まさか、こんな所でラーメン定食を食えるなんて思いもよらなかったです!」

 櫛谷も高田も喜んでくれているが、宮木は少しだけ複雑な気分だった。

 宮木はラーメンが大好きだった。週に二回、三回はラーメンを食べていた。地底に来てからは当然食べていない。

 購買部の倉庫にあったカップ麺は、浦賀が校舎を占領していた時に手下たちが食べてしまっている。櫛谷たち女子にした行いの次に許せない愚行だった。

 ラーメンが食べたい。その思いが募っていたところに、今回の素材が現れた。コレはもうラーメン神の思し召しだと宮木は思った。

 そして出来上がったのが、このラーメン定食だ。

「わたしたちも早く食べようよ! もう我慢出来ないって!」

 友坂がその大きな胸を横に揺らして言った。それに思わず目を向けると、櫛谷に半目で睨まれた。

「どこ見てんの?」

 宮木は笑って誤魔化して、「よし。食べるか」と自分たちの分を用意し、トレイに定食を乗せて食堂へと移動した。

 空いてる席を探していると、いつもの女子三人に囲まれて困り顔の神矢がいた。

 少し離れて九条と鮎川が楽しそうに談笑している姿もあった。

 さらに離れて窓際の席に矢吹の姿もあった。矢吹の周りにも、女子が三人ほど座っていて話しかけている。矢吹は鬱陶しそうに眉をしかめつつも、邪険にはしていないようだった。

「あ、加奈子だ」

 友坂が矢吹の周りにいた女子の一人の名前をあげた。

「え? あ、ホントだ」櫛谷も彼女に気づいた。

 下の名前を宮木は知らなかったが、矢吹の近くにいる女子の顔を見て、それが山田だとわかった。

「あらー、加奈子ってば矢吹に目をつけたのね……。まあ、確かに強いしカッコいいけどさ」

「まあ、顔はいいわね。少し悪ぶってるけどいいやつってのもポイント高いし」

 櫛谷たちの会話に、宮木は憮然となった。

「……ふん、どうせ俺は弱いし顔も普通だよ。取り柄も料理だけだしな」

 ふてくされる宮木だったがそれを見て櫛谷たちは顔を見合わせて、笑みを浮かべた。

「何妬いてんのよ。宮木には宮木の良さがあるじゃない」櫛谷が宮木の手を握った。

「そうよ。あんたが浦賀に呼び出されて、わたしたちの誰かを抱かせてやるって言われた時、断固として拒否したわよね。京香のことが好きなのに、そのチャンスを不意にして、両思いじゃないと嫌だっつってさ」

 なんとも恥ずかしい事を思い出させてくれる。

「ハッキリ言って衝撃だったわ。こんな純情男子いるんだって信じられなかった。この学校の男子ってヤルことしか考えていない猿ばっかだと思っていたからね」

 酷いいわれようだが、偏差値も低く決してお上品とは言えない学校であるのは確かだから、仕方のないことかも知れない。

「相手が京香じゃなくても、わたしでもひょっとしたらアレにはやられていたかもね」

 友坂が宮木の頬を手で優しくなぞった。

「ちょっと瀬里奈! 人の男に色目使うのやめてよね!」

「あはは、冗談だよ。京香の彼氏に手は出さないって。わたしも、宮木みたいな男探すわ」

 コレはモテているのだろうか。宮木が少し浮ついていると、高田が羨ましそうに「……オレもモテたい」と呟いた。

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