六十六話 女子の集会
家庭科室にて、女子による女子のための緊急招集が行われた。
廊下側の扉には、『男子禁制』と書かれた紙が貼られている。
黒板前には険しい顔をした手芸部部長の冨永栄子が立っていて、教卓の上には積み重ねられた布の束があった。
席に着いていた雪野は隣にいた上原と宍戸と顔を見合わせて、小首を傾げた。
「……何だろうね。女子だけ集めて大事な話って」
「招集かけたの手芸部の冨永さんだよね。下着とか作ってたんだよね」
彼女は真剣な顔で席についたみんなを見回した。
「今回、みんなに集まってもらったのは、報告したいことがあるの」
そう真剣に言って、教壇の上の一枚の布を広げて見せた。
それを見て歓声を上げる女子たち。
「新しい下着! ついにできたのね!」
「待ち侘びたわ! コレで毎日同じのを穿かなくてすむ!」
冨永は頷いた。
「そう。下着よ。コレはこのジャングルで見つかった綿花で作ったものよ。とりあえず、コレに関しては、ブラもパンツも女子の人数分あるわ」
「さっすが手芸部! 仕事が速い!」
「わたしたちも手伝ったんだからね! 苦労したんだから!」
何人かの女子が口を尖らせて言った。
そんな彼女たちに、全員が惜しみない拍手を冨永と部員と手伝った者に送った。が、冨永の顔には、なぜか緊張の色が見てとれた。
「……とりあえず、コレをみんなに配るわね」
言って女子たちに待望の下着を渡していく。
雪野たちもそれを受け取って、そして目を瞬かせた。
「え? 凄いサラサラした手触り……。めちゃくちゃ肌に優しそう……」
「なんか穿くの勿体ない感じ……。いや、穿くけどさ」
手触り感が全然違っていた。だんだんと高級下着に見えてきた。
「驚いたでしょう? 綿花で作ったものでその高級感よ」
どこか含みのある言い方に、雪野は形の良い眉をひそめた。冨永は一体何を言いたいのだろうか。ふと、雪野は宍戸を見た。
「そういや、もう一つ糸があったよね? 蚕の繭が」
宍戸が散々蚕蛾の魅力を話してくれた日の事を思い出した。蛾の話など全く興味はなかったが、あまりにその可愛さを伝えようと必死なのを見て、少しだけ興味を抱いていた。
「うん。スッゴイ綺麗な繭も渡しているはずだけど、使わなかったのかな?」
首を傾げる宍戸に、冨永が視線を向けた。
「……全くとんでもない糸を見つけてくれたものね。そのせいで、とんでもないモノができてしまったわ」
「とんでもないモノ?」
「コレよ」
冨永は言って、もうひとつ布を取り出して広げてみんなに見せた。
「……また下着? とんでもないモノっていうから、何が出てくると……思った……のに」
拍子抜けしそうになったが、だんだんと語尾に力が無くなっていく。
その場にいた全員が、その下着に魅入ってしまっていた。
まるで光を帯びているかのような光沢。新雪に陽光が反射するかのような白銀の煌めき。思わず唾を飲み込む。
「……本当は、こんな極上な糸を使うならウェディングドレスとかを作りたかったわ」
悔しそうに言う冨永。確かにこの極上の布を使えば、誰もが見惚れるドレスが出来上がることだろう。
「けれど、わたしにそこまでの技術はないし、今わたしにできるもの、必要なものを優先して作れるものがコレしかなかったの……」
一同は黙ってしまった。
それは悔しいだろう。今の現状と、冨永の裁縫スキルを考えての集大成が、下着なのだから。
もう一度、その下着を見る。
後光が見えるのは気のせいか。神々しいといってもいい。神掛かっていると言っていい。心が洗われるようだった。
たかが下着にバカバカしいとも思う。が、それを覆す魅力がソレにはあった。
これが、この地底で取れた絹糸の効果なのか。
「自分で作っておきながら、わたしはこの下着を穿くことができない。わたしなんかに穿かれたら、この下着が汚れてしまう気がするの」
「……うっわ、それわたしも同感」
「わたしも……」
冨永がみんなを見渡した。
「でも、わたしはこの下着を誰かに穿いてもらって感想を聞かせて欲しいの。誰か履いてくれる人はいないかしら?」
全員再び顔を見合わせる。
「この下着には特別な力を感じるわ。あくまでわたしが勝手にそう感じただけど」
それは分かる気がした。確かに、この下着には何か不思議な力が宿っている気がする。
「何かを成し遂げたい時、いわゆる勝負所で穿くといいかも知れないわね」
富永の言葉に女子たちは考える。勝負所……、例えば異性に想いを伝える時だろうか。
これを穿いて思いを伝えれば、彼は応えてくれるかもしれない。
そう思ったのは雪野だけではないようだった。
何人かの女子の目には決意に満ちた光が宿っていた。
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