四十一話 視線
地底生活十七日目。
浦賀たちとの死闘を終えて、校舎の奪還に成功した神矢たちは、一日だけ校舎の保健室のベッドで休んでから、翌日の朝出発して洞窟へと向かっていた。
今いるメンバーは、神矢、矢吹、宮木、櫛谷、雪野、上原、宍戸、そして保険医の早瀬の八人。他は、一年、二年、三年をそれぞれ半分に分けた面子になる。
「神矢君、しんどかったら言ってよ。肩貸すから」
道中、雪野や上原が心配そうに声をかけてきてくれた。
神矢は浦賀との戦いで、全身にいくつもの切り傷を負っている。特に肩の傷はナイフで突き立てられたために相当深かった。
だが、それを言うならば矢吹も肋骨を折るという重傷を負っている。さすがに平気という顔ではないが、泣き言を言っていないので、神矢も言う気はなかった。
心配そうな顔をする雪野たちの後ろに隠れるような形で、宍戸がこちらを射抜くような視線が少し気になった。そういえば、上原と仲が良かったはずだが、最近あまり一緒にいるところを見ない。
そのことについて聞くのもなんとなくためらわれたので、黙っていることにした。
洞窟までは、獣や虫と出くわすことなく無事に辿りつくことができた。
校舎組の生徒たちは、浦賀から逃げ出してきた時にこの洞窟を知ったが、宮木は初めて見て興奮していた。
「すっげえでっけぇ広! 何だこの洞窟! しかも、何でこんな明るいんだよ!」
「凄いよね。洞窟もだけど、見てよコレ。竹で色々作ってあるんだよ。器用に作ったわよねぇ。男子部屋と女子部屋にもちゃんと分かれてるし。プライバシーが守られててわたしも驚いたわ」
そう言ったのは、宮木にくっついてきた櫛谷だった。
「……いや、まじで凄えわ。洞窟組尊敬するわ」
宮木に言われて、洞窟にいたメンバーは得意気な顔になった。
「さて、とりあえず俺は寝る。早く回復しねーとな」
矢吹は洞窟入ってすぐの隅に設置してある竹製のベッドに横になった。男子部屋に行かずに、見張りの仮眠用ベッドに寝転がったのは、外敵が出た時に直ぐに対応するためだろう。
櫛谷が宮木を見て言う。
「宮木もちょっと休んだらどう? いろいろあって疲れてるでしょう。わたしも少し休むわ」
「ん。そうだな。それじゃあ、また後でな」
「うん。また後で」櫛谷ははにかみながら女子部屋へと入っていった。
他のメンバーも、各々男子部屋、女子部屋へと入っていってくつろぎはじめた。
残された神矢たち。雪野と上原が言ってくる。
「さ、神矢くんも早く休んだほうがいいよ。酷い傷なんだから」
「そうよ。アンタは絶対に安静」
「……わかったよ。じゃあ、怪我人同士、矢吹さんの近くにいることにする」
神矢は、矢吹の近くにあるもう一つの竹製ベッド兼椅子に座って休むことにした。何故か宮木もついてきて、神矢の隣に座った。
「……マジで凄いなここ」宮木が洞窟内を見渡してまだ感心している。「……確かに何か体が少し楽になった気がする」
「じゃあ、わたしたちは飲み水取ってくるわ」
雪野と上原がペットボトルを持って、他の女子とともに洞窟の外へと水を汲みに行った。
「さて、俺たちも休もうぜ」
宮木が壁に背をもたれさせて目を瞑ると、すぐに寝息が聞こえてきた。ここでは睡眠効果も抜群だ。
神矢は何気に周囲を見回した。食糧置き場の近くにいた宍戸がこちらを見ているのに気づいた。
先ほどもこっちを見ていたようだが、何か言いたいことでもあるのだろうか。
神矢と目が合うと、宍戸はすぐに視線を逸らして、手近にあった食料の品定めをしているふりを始めた。
思い切って聞いてみるか。神矢は立ち上がって、宍戸に近づいた。
「何か言いたいことでもあるのか?」
宍戸は少し戸惑った後、神矢をじっと見つめた。
「何だよ?」
「……何でもない」
何かを言いかけたようだが、止めて顔を背けた。そして、神矢から逃げるようにしてその場を去った。
「何だ? 何なんだいったい?」
わけがわからず、神矢は頭を掻いた。
その時、入り口の方で誰かが大声を上げた。
「お、おい! みんなちょっと来てくれ!」
目を覚ました矢吹と一緒に、入り口へと向かった。
「何だ、どうした?」
「こ、こいつを見てくれ。さっきまでなかったのに」
入り口近くに、大猪の死体が転がっていた。少なくとも子牛程の大きさはある。
「……なんだこれは?」矢吹は怪訝な顔をした。
神矢は屈んで、猪の死体を見た。
首もとに穿ったかのような、巨大な獣の牙で仕留められたような傷跡があった。そして……。
「……体温が残っている。まだ死んで間もないですよ」
「何だと?」矢吹の顔に緊張の色が出た。そして、周囲を見回す。「近くにこいつを仕留めた猛獣がいるのか!」
その場の全員がどよめいた。
「ま、マジかよ! こんなでけえ猪仕留める猛獣ってどんな化け物だよ!」
「全員警戒態勢を取れ! 洞窟内に入られないようにバリケードを準備しろ!」
神矢は外に向かって走った。向かうは給水場所だ。
「どこへ行く神矢!」怒鳴る矢吹。
「雪野さんたちが今水を汲みに行ってるんです!」
矢吹の舌打ちが聞こえた。
「神矢! 無茶すんなよ! 危険だと思ったら直ぐに引き返してこい!」
矢吹の声を無視したわけではないが、それに答えずに神矢は走った。茂みを越えて、給水場所の小川へと出る。
丁度、雪野たちが水を汲んでこちらに戻ってくる所だった。
水汲みメンバーは、雪野に上原、そして別クラスの藤木と、梶尾だった。
「神矢! どうしたのよ! アンタは動いたら駄目でしょうが!」
上原が驚いて、それから神矢を睨みつけて言った。どうやらみんな無事のようだ。
「事情は後だ。早く、洞窟へ──」言いかけて、神矢は固まった。小川の向こう側の茂みに、巨大な獣がいた。
「な、何あれ!」藤木が驚いた。
「お、おおおお、狼!」梶尾も叫んだ。
そこにいたのは、巨狼だった。その足元には、大型犬並みの狼もいる。以前、蜘蛛に襲われていたところを助けた狼たちだろうか。
狼はじっと神矢を見た後、踵を返してその場を去って行った。
「な、何? た、助かったの?」雪野が呟いた。
「……そうみたいだな」神矢は大きく息を吐いた。
そして少し考える。あの狼は何故自分たちを襲ってこなかったのだろうか。あの猪は、あの狼が仕留めたものなのか。だとしたら、何故洞窟前に置いたのか。
様々な疑問が頭の中を駆け巡る。その中で、まさか以前の借りを返したとかではないだろうか、という思いがあったがバカバカしいのですぐにその考えを捨てた。
「……とにかくいったん洞窟に戻ろう」
神矢たちは洞窟へと戻り、矢吹に狼のことを報告した。
何とも言えない、というのが矢吹の意見だった。
「……神矢への借りを返したってことはないとは思うが、まあ、とりあえずあの猪は俺たちの食料にしよう。他の動物が血の匂いで寄ってくる可能性もあるから、手早く作業にかかろう。それから、撃退用グッズの強化も必要だな」
矢吹の指示に従い、一同は洞窟周辺の罠の設置を増やすことにした。
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