第二部
四十一話 もう一つの想い
地上にいた時には、クラスメイトである神矢のことなど全く気にとめもしなかった。
目立たないモブで、陰キャでぼっちで、クラスと馴染もうとしない全く面白味のない生徒。かと言ってイジメられているわけでもなく、クラスメイトからの関心もほとんどなくて、いてもいなくてもどうでもいい存在。
宍戸凛は、神矢のことをそう思っていた。
唯一、雪野だけが少し気にしていたくらいだった。
この地底に来てから、そんな神矢の行動が校舎にいた時とは全然違っていて驚いた。
最初の探索時に、雪野を蜘蛛から助けたというのを聞いた時は、全く信じられなかった。
続いてめちゃくちゃ美味しい蟻蜜を見つけてきた。モブも存外に役に立つこともあるものだと思った。
浦賀という凶悪な三年が校舎を乗っ取り、彼についていけない者たちは、三年生の矢吹が見つけた洞窟へと移動することになった。
矢吹が見つけてきた食材がとても美味しくて、自分でも何か見つけたくなった。
親友の上原と相談して、それならと、大人で且つ頼り甲斐のありそうな九条とともに探索に行くことにした。
神矢も一緒だったが、ハッキリ言ってどうでも良かった。
やたらと、小川が自分をアピールしてきたのも、かなり鬱陶しかった。
だから、二人をからかって、川に入って何か獲ってこいと言ってやった。
ちょっとした冗談のつもりだったのに、それを本気にして川に入ろうとした小川は、危うく命を落とす所だった。それを、宍戸のせいにして、怒鳴り散らされた。
激昂した小川に危うく殺される所を、上原が止めようとして彼女が川に突き落とされた。
思わず頭に血が上って、小川を引っ掻いたり噛んだりしたら、怯んで小川も川に落ちた。
そこに神矢が川に飛び込んで、上原を助けた。
小川は助からなかったけど、親友は無事だった。
上原はその事があってから、神矢に好意を抱くようになり、なるべく彼の近くに行くようになった。
雪野も同じで、蜘蛛の一件から神矢の近くにいるようになった。
神矢は、二人を命懸けで助けてくれたのだ。特別な感情を抱いても仕方がないことなのかもしれない。
だけど、ピラニア川での神矢の行動に、心を動かされたのは上原だけではなかった。
宍戸もまた、その事があってから神矢を目で追うようになった。
神矢はあの問題児グループのリーダーである矢吹と対等に話していた。二年の中で、そんな男子は神矢だけだった。
女子のトイレ問題を解決したのも、実は神矢なのだと、上原が自慢げに話してくれた。
その後、温泉を見つけたのも神矢のグループだった。
雪野と上原は、神矢の側になるべくいて好意を向けていたが、神矢の方は気づいているのかいないのか、反応が薄くて見ているコチラがヤキモキした。
そして、雨が降ったあの日。気持ちの悪い生物の三つ巴戦があって、それの後処理を神矢たちが行った。
汚れ仕事までもする神矢が、やたらと格好良く見えた。
そんな自分の気持ちを振り払うように、宍戸は頭を振った。
今まで神矢のことを馬鹿にしていたではないか。それに、友だちの雪野と上原がすでに神矢に好意を抱いているのだ。自分の出る幕はない。そう言い聞かせた。
三巴の数日後、オランウータンが洞窟前に出現した。
男子全員が警戒態勢にあたって様子見していたが、兵藤が浦賀の指示で、オランウータンに攻撃してしまった。
暴れ狂うオランウータンに、一人の生徒が殺された。
洞窟へと突撃するオランウータンの前に神矢が立ち塞がり、どうにか撃退に成功した。
その後、身を隠していた兵藤が見つかり事の経緯を聞いていたら、浦賀の手下たちが襲撃してきた。
改良バルサンが投げ込まれ、逃げ惑う生徒たちだったが、神矢たちは直ぐに出てこずに、時間を置いて出てきた。彼らは、浦賀たちの襲撃だと読んでいたようだった。
そして、矢吹、九条、神矢の三人だけで、十人の手下たちを返り討ちにしたのである。
鮫島たち一部を除き、それを見た生徒たちの神矢への評価は爆上がりだった。
宍戸もまたそうだった。胸の高鳴りが止まらなかった。
だが我慢した。今更遅いのだ。すでに、雪野や上原が神矢の側にいるではないか。
神矢に調子のいいヤツだと思われるのも、嫌われるのも嫌だった。雪野たちに横入りするのも、友情にヒビが入りそうで怖い。
さらに数日後、校舎にいた生徒たちが逃げ出してきた。
そして、それを好機と見て、神矢を含むメンバーの校舎奪還が始まった。
後で上原から聞いた話では、浦賀は神矢が倒したらしいとのことだった。
神矢が活躍するのを見たり聞いたりすると、胸が苦しくなった。
雪野と上原が、神矢に対して「……神矢、鈍感すぎるわよ」とか「わたしって魅力ない?」とため息をついているのを見たことがある。
二人ともまだ神矢に自分の気持ちが伝えられていない。だが、普通あれだけ積極的に一緒にいるのを見れば、誰だって好意があるのはわかるではないか。
本当に神矢は気づいてないのか。気づいてて、鈍感なフリをしているのではないか。
ハッキリしない神矢が悪いのだ。
いっそのこと、雪野か上原のどちらかを選んでくれれば、まだ気持ちの整理ができるのに。
こうなったらハッキリさせてやる。
そうすれば、わたしも諦めがつく。
宍戸は胸に手を置いて、口を引き結んで決意した。
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