三十九話 戦いの後ー1

 保健室で傷を消毒し、早瀬に全身に包帯を巻いてもらってからベッドで横になって休んでいると、扉をノックする音がした。扉を開けて鮎川と雪野、上原が姿を現した。

 洞窟にいた生徒たちも校舎に移動してきたようだ。

「……神矢君、大丈夫? て、ちょっと大怪我してんじゃない!」雪野が声をあげた。

「無茶するなってあれほど言ったのに! このバカ!」と、怒鳴る上原。

「俺は大したことないよ」

「どこがよ!」二人の声が見事に重なる。……そんなに怒鳴らなくても。

「いやいや、神矢君も満身創痍だろう。特に肩の傷が深い。しばらく安静だな」

 黒のTシャツ姿の九条が、壁際のパイプ椅子に座りながら言った。

 神矢は二人からの糾弾を逃れるため、話題を変えた。

「矢吹さんは戻ってきましたか?」

「いや、まだだ。肋骨折れてるんなら、早く保健室来いよなぁ」

「矢吹君はどこに?」鮎川が聞いた。

 どう答えようか少し考えていると、保健室の扉が開いて矢吹が姿を現した。

「……戻ったぞ。浦賀を埋葬してきた」

「……埋葬? どういうこと?」

 困惑した表情で、鮎川は聞いてきた。

 神矢は一瞬、矢吹と視線を交わして言った。

「浦賀は死にました。自分のナイフで自害したんです」

 その言葉に、三人は驚いた。

「負けるのが文字通り死ぬほど嫌いなヤツだったからな。死んだら結局は同じことなのによ」

 首の辺りを掻きながら、矢吹が九条を見る。

「そういや、菅原のヤツはどうなったんだ? 九条、あんたが相手をしたと聞いたが?」

 早瀬も思い出したかのように、九条を見た。そういえば、何故九条はTシャツ姿なのだろう。カッターシャツだと動きにくいから脱いだのだろうと思ったが、それにしてはいつまでもTシャツのままだ。

「す、菅原先生チェーンソー振り回してたって聞いたんですけど、大丈夫だったんですか?」

 早瀬の言葉に全員が驚いた。

「おいおいおい、どのホラー映画の殺人鬼だよ!」

 矢吹と全く同じことを神矢も思った。

 九条は苦笑いを浮かべ、

「俺もそう思ったよ。でも、見ての通り俺はどこも怪我をしていない。カッターシャツは、ズタズタになったけどな。後で用務員室にある予備を着るよ」

 九条は簡単にシャツ姿の経緯を話した。そして、菅原との結着も話した。

「彼も死んだよ。俺とやり合っていて途中で逃げ出したんだが、ジャングルでワニに出くわして襲われたんだ」

 僅かな沈黙。

「……そうですか。残念です」鮎川が言ったが、そこにあまり感情は感じられなかった。

 九条が言った。

「……とにかく、校舎を無事取り返すことができたんだから良かったじゃないか。これでここをまた本拠地として活動できる」

 その言葉に、全員が頷いた。

 また扉をノックする音が聞こえた。「失礼しますよ」そう言って開けた顔を見て、早瀬が「宮木くん」と言った。

 彼が櫛谷が言っていた宮木だろうか。

 宮木は二段式台車の上に、蓋をした料理を乗せて入ってきた。

「出前持ってきましたよ。とりあえず、四人分」

 いい香りが保健室に充満した。

「アンタらが浦賀たちをやっつけたんだってな。コレはそんなアンタらへの礼だよ」そう言って、蓋を開ける。

「ジャングル猪肉のステーキとジャングル野草入りポテトサラダ、鶏ガラスープに、各種フルーツ盛りだ」

「うわぁ…美味しそう……」雪野たちが料理に釘付けになっている。今まで洞窟では、フライパンなどがなかったため、食材の殆どは炭や直火で焼いたりしていた。味付けも岩塩のみだった。もともと食材自体の旨味も素晴らしくて、文句は全くなかったのだが、こうして調理されたものを見ると、どうしても見た目の華やかさで気分が上がってしまう。

「神矢くん神矢くん、一口、一口だけでいいから、ね?」

「あ、ずるい遥! わたしも欲しい!」

 そんな二人の頭を鮎川が軽くチョップした。

「こら。気持ちはわかるけど、これは神矢くんたちのよ」そう言った鮎川だったが、自分の腹の音が聞こえてきて真っ赤になった。

 宮木が笑って「後でみんなの分も作りますよ」と言うと、女子三人は嬉しそうな顔になった。

「一つ疑問なんだが」矢吹が宮木を見た。「何で四人分なんだ? しかも、やたらと量が少ない上にアッサリとした感じのが含まれているんだが?」

 矢吹の言う通り、いくつか違うのが含まれていた。

 ブロッコリーやトマトなどが入った緑黄色野菜のサラダ、ほうれん草のお浸し、冷奴、キノコ入りスープ、あとステーキを小さくしたのもあった。どれも少量だ。

「ああ、これは早瀬先生の分だ。一応、図書室にあった本を読んで作ったんだけど、食べれたら食べてよ先生」

「食べれたら、って、少なくないか?」矢吹が首を捻った。

「ありがとう宮木くん。気を使わせたわね……。ちゃんと考えて作ってくれたんだ」早瀬が嬉しそうに微笑んだ。

「どういうことですか?」雪野と上原も怪訝そうに早瀬を見た。

「妊娠してるのよ。わたし」

 二人を除いて全員が驚いた。

「え? え? 早瀬先生いつから?」鮎川は戸惑っている。

「地底に来てからわかったのよ。わたしも驚いたわ」

「えー! そうなんですか! おめでとうござい……」

 雪野たちは喜ぼうとしたが、すぐに不安な顔になった。

 本来なら喜ぶべき事なのだろう。だが、この状況では素直に喜べないのも事実だった。

 早瀬自身もわかっているだろう。こんな地底で、周りが危険なジャングルで、医者も設備も知識もろくにないのにどうやって出産できるというのか。

 神矢は早瀬に訊いた。

「今何週目くらいなんですか?」

「初期だと思うから、四、五週目くらいかしら」

 だとすれば、産まれるまで残りおよそ六ヶ月から七ヶ月程。安定期に入るまでは無茶はできないし、腹が大きくなってからは動けなくなるから、猶予は三、四ヶ月程か。

 それまでに地底から脱出出来ればいいが、もしできなければここで出産することになる。

「出口を早く見つけるしかねーな」

 矢吹の言葉に皆頷いた。

 その時、廊下を誰かが走ってくる音がして、保健室の扉が勢いよく開かれた。櫛谷だった。

「宮木!」荒い息をつきながら、宮木の姿を確認するとその目に涙を浮かべた。

「櫛谷か。良かった。無事だったんだな」

「それはコッチのセリフよ……。良かった宮木。心配したんだから……」櫛谷は身体を震わせていた。

「ありがとうな。でも、大丈夫だ」

 宮木が言うと、櫛谷は突然走り出して宮木に抱きついた。

「うぉえあ! ちょ、ちょっと櫛谷?」

「このバカ! アホ! カッコつけ! 弱いクセに何やってんのよ!」

 抱きつき涙目になりながらも、櫛谷は宮木を罵倒した。

「わたしなんかの為に体をはるな! あんたがもし浦賀にでも殺されてたらわたしがあんたを殺してやるから!」

「お、落ち着け! わけのわからんこと言ってるぞ!」

 櫛谷は身体を離して、宮木の顔をみた。そして……。

「え」「うわぁ」女子たちが目を丸くしてそのシーンに声をあげた。

 宮木は唇にキスをされて目をパチパチと瞬かせていた。

「……あなたたち、そういう事は人の目がないところでやりなさい」

 鮎川が咳払いをして、恥ずかしそうに言った。

 それで櫛谷は保健室にいたみんなの存在に気づいたようだ。

「あ、あら、コレは恥ずかしいところを見られたわね……。あははは」

 顔を少し赤くして笑って誤魔化す櫛谷。

 そして、宮木は目を閉じて拳を握り何やら感慨深そうな表情になっていた。

「もう悔いは無い」

「……バカ。これからでしょうが」櫛谷が照れくさそうに宮木に言う。

 こうして一組のカップルが誕生したわけだが、先程の鮎川の言葉の通り他所でやって欲しい。

 神矢たちは少し馬鹿馬鹿しくなり、目の前に置かれた料理を食べる事にした。

「わたしたちも頑張らないとね」

 雪野と上原が、何やら気合を入れていた。



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