三十八話 決着
どう見ても、矢吹は限界だった。膝をついて荒い息をしている。
「矢吹さん、代わります」
近づいて神矢は言ったが、矢吹は拒否した。
「まだやれる! 邪魔すんなって言っただろうが!」
「いい加減にして下さい。復讐に囚われるのも結構ですが、やられては意味がありません。ここからは俺がやりますが、心配しなくても止めはちゃんと譲りますよ」
少しの間、神矢と矢吹は睨み合った。やがて、矢吹は俯いて「……やられんじゃねーぞ」と言った。
「はい」神矢は頷いて、浦賀に歩み寄った。
「何だ? お前もやられたいのか?」
神矢は何も言わず、浦賀の顔面を殴りつけた。
だが同時に、浦賀の蹴りが神矢の横腹に入っていた。
お互いに舌打ちし、少しよろける。
「……やるじゃないか」
浦賀は唾を吐き捨て、神矢に右拳をふるってきた。腕で防御しようとすると、その拳が途中で止まった。右の拳はフェイント。本命は鳩尾への蹴りである。
神矢はとっさに後ろに飛びのいてそれを避けた。
驚きの表情になる浦賀。神矢は直ぐに浦賀に突進し顔面に頭突きをお見舞いした。
これは見事に命中し、浦賀は仰け反り、たたらを踏んだ。追い撃ちをかけようとさらにつっこむ。浦賀がポケットから何かを持って下から振り上げた。
間一髪それを身を引いてかわす。だが、避け切れず頬に痛みが走った。
浦賀は折りたたみナイフを手にしていた。
「お前は油断ならなそうだからな。道具使わしてもらうぜ」
浦賀は顔を腫らしながらも笑みを浮かべている。矢吹との攻防で彼もかなりダメージを受けているハズだった。
神矢も腰にサバイバルナイフをつけている。が、浦賀は一瞬の隙も与えてはくれないだろう。
神矢はナイフを恐れる事なく再度浦賀に向かった。
「おお! お前も頭のネジ飛んでんじゃないか?」
浦賀が顔目掛けてナイフを突き出してくる。それを紙一重で屈んでかわし、浦賀の腹に拳をめりこませた。
浦賀は呻きをあげながらも、ナイフを神矢の脳天に振り下ろした。咄嗟に顔を横に逸らしたが、肩に激痛が走った。
神矢は構わずそのまま浦賀の顎を下から殴りつけた。
のけ反り後ろに倒れる浦賀。神矢は肩に刺さったナイフを引き抜いて投げ捨てた。ナイフは、部屋の隅に転がった。
「……は、浦賀相手にやりやがるぜ」
矢吹が苦笑している。
浦賀が身を起こした。ゼェゼェと、肩を上下させて呼吸をしている。
「……お前みたいな後輩がいたとはな。今からでも俺の仲間にならねーか?」
「この状況で仲間に誘う神経がわかりませんね」
「言うじゃないか。ますます気に入った」
「不愉快ですからやめてください」
「まあそう言うなよ」
そういってこちらに向かってこようとした浦賀の足がふらついた。
顎を殴られ脳震盪を起こしているのだ。そうすぐには回復しないはずだ。
神矢も浦賀に歩み寄った。
今度は浦賀が大振りの拳をふるってきた。腕で受けた後、浦賀の顔面を殴る。
よろめく浦賀。
「……ここまでやるとはな。完全に見くびっていたぜ」
口元から血を流し、浦賀は神矢を睨み付けた。そしてその眼が、先ほど神矢が捨てたナイフを見た。浦賀からはかなり距離がある。
あれを拾われたら厄介だ。神矢は拾わせないように浦賀の動向に集中した。
浦賀が口の中を少し動かした。そしてその直後、神矢に再度突進してきた。
またもや大振りの拳を振るおうとしてくる。
同じ攻撃をしてくる浦賀ではない。何か企んでいることはすぐに理解した。
同じように浦賀の攻撃を腕で受け止めようとしたが、浦賀はその腕を掴んだ。そして、顔を神矢へと近づけて血を噴き出した。
思わず目を瞑りながらも、神矢は即座に蹴りを繰り出した。だが、手ごたえはなく空を切った。掴まれていた腕も既に放されている。
直ぐに目を腕で拭いて、浦賀の姿を探した。
浦賀はナイフに向かって滑り込んでいたところだった。
部屋の隅にあったナイフを手に取り、笑みを浮かべ、浦賀は神矢を睨み付けた。
「……さて。そろそろ終わりにしようか」
まずい。冷たい汗が神矢の背中を伝った。
ナイフを持って、再度突進してくる浦賀。そして様々な角度が切りつけてくる。
神矢はそれをどうにか避けるが、完全には避けきれずに皮膚が切られていった。
こちらからの攻撃を許さない猛攻。下手に手を出せば、命取りになる。
だが、防戦一方では勝ち目がないのも事実。
ふと足に何かが当たった。浦賀が矢吹に飛ばされた時に崩れたイスである。
「終わりだ!」
浦賀がナイフを神矢の胸目掛けて突き出してきた。
神矢は咄嗟にイスを足で引っ掛けて宙に上げた。
ナイフはイスの座席部分に刺さった。
そのまま神矢はイスの足を持って、力任せに浦賀へと突進した。
意表を衝かれ、壁へと押し付けられる浦賀。そして、鈍い音がして、彼は悲鳴をあげた。
ナイフを持った手首が折れた音だった。
神矢はイスを押し付けた状態で、椅子ごと矢吹を蹴り付けた。感触からして、肋骨の一、二本は折れただろう。
よろめき、浦賀が倒れ、そのまま浦賀は動かなくなった。
荒い息をついて、神矢は浦賀を見下ろした。
「やったのか……」矢吹が信じられないといった表情で、神矢を見た。そして、わき腹を押さえながら立ち上がり言った。
「……止めは俺がやる。妹の仇をとるんだ」
「矢吹さん……」
浦賀の指がぴくりと動いた。
「こいつまだ……。だけど、もうその状態じゃ勝負はついただろう」
浦賀は荒い息をついて立ち上がり、そして笑い始めた。
手首、肋骨は折れて、顔面からも多量の血を流している。
「俺がお前らなんかにやられるかよ! 矢吹ぃ! お前に俺は殺せねえよ!」
浦賀は折れていない手でイスに刺さったナイフを引き抜いた。
神矢と矢吹は身構えた。浦賀は高笑いをあげ、そして自分の首へとナイフの切っ先を押し当てた。
「お前らもこんなところじゃ長生きできねえよ! 先に地獄で待ってるぜ!」
浦賀はナイフを自分の喉元へと突き立てた。赤い鮮血が飛び散った。
浦賀は笑いながら倒れ、そして動かなくなった。
矢吹は舌打ちして、動かなくなった浦賀を見下ろしていた。
「……俺がトドメを刺したかったんだがな」
神矢は何も言わなかった。矢吹に殺人犯になって欲しくはなかったからコレで良かったとも思うが、口に出すべきではなかった。
「……俺たちは何が何でも生き抜いてやる。地獄はお前一人で十分だ」そして、神矢を見た。「おい。傷は大丈夫か?」
「矢吹さんこそ、肋骨折れてますよね。大丈夫ですか?」
「……ああ。それにしてもお前、強いな。あの浦賀を追い込むとは」
「いや、矢吹さんが大分ダメージを与えていたからですよ。俺一人じゃ無理でした」
「……大してダメージ与えたとは思えんが」
神矢と矢吹は、浦賀の死体にカーテンで覆い隠してから、倒れていた滝尾と野田を起こして浦賀の死を伝えた。
浦賀が死んだ事に驚いた二人だったが、自害を選んだ事を伝えると「……そういうことしそうだな」と納得した。それから「……スマン。全く役に立たなかった」と心底申し訳ない顔で謝った。
「さて、あとはこいつか」
矢吹はまだ気絶している林を見下ろした。
顔を二、三回叩いてやると林は目を覚ました。
「うお! 矢吹てめえ!」林は血相変えて座ったまま後ずさった。
「浦賀さんはどこだ! 浦賀さんをどうした!」
「浦賀ならそのカーテンの下だ。死んでいるから見ない方がいいぞ」
林は盛り上がったカーテンを見て、絶句した。
「し、死んだって? お、お前らが殺したのか?」
「……勝手に自害しやがった。俺に殺されるくらいなら、とでも思ったんだろうよ」
林はまた言葉に詰まり、そして土下座した。
「た、頼む。助けてくれ。実は俺も浦賀に無理矢理やらされていたんだ」
とてもそんな風には見えなかったが、べつにどうでもいいことだった。
「……校舎は奪還した。滝尾、他の連中集めて校舎内は安全だと伝えてくれ。あと、洞窟で待っている奴らにも伝えてくるんだ」
「あ、ああ。わかった」
滝尾は頷いて、教室を出て行った。
「……あとはこいつの後始末だな。いつまでもここに置いて置くわけにはいかん。神矢、お前は少し休んでいろ。林、野田、お前ら浦賀を埋めるの手伝え」
「お、俺がか?」
「今まで尽くしてきたんだ。最後までやってやれ」
「わ、わかったよ」
「え? お、俺もやるんすか?」
野田は嫌そうだった。死体など運びたくない気持ちはわかる。だが、矢吹がアバラに手を当てているのを見て、渋々了解した。
野田と林は、死体をカーテンに包んだままその端を持って担架のようにして教室を出て行き、矢吹もそれについていった。
教室内には、神矢だけになった。椅子へと座り息を吐く。
浦賀は強かった。今頃になって、切り付けられた箇所が痛み始める。
しばらく待っていると、校舎内を見回っていた男子たちが教室に入ってきた。
「あの浦賀を倒したって本当かよ!」
入った途端に男子生徒の一人が興奮した面持ちで言ってきた。
「矢吹さんか! 矢吹さんがやったんだな! さっすが矢吹さんだぜ!」
歓声が教室に響いた。
「みんな落ち着けって。まだやることはたくさん残っているぞ」九条も教室に入ってきて、神矢を見つけた。
「おお、神矢君! やったな! 無事に……」九条は、神矢の傷だらけの体を見て驚いた。「無事じゃないじゃないか! 大丈夫なのか! すぐに手当てを!」
神矢は九条に連れられて、保健室へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます