三十七話 強者

 教室の前部分には赤い絨毯が敷かれており、黒板前には校長室のソファーが置いてある。空調も効いていて快適な温度だ。

 そのソファーには少し大柄な金髪の生徒が座っていた。足を組んで目を閉じ、ヘッドホンをつけて音楽を聞いているようだった。

 腕には、絡みつく蛇の刺青がしてあった。

 少し離れて、背が高くて面長の男子が椅子に座り、漫画らしきものを読んでいる。

 教室に入ってきた矢吹たちを見て漫画を読んでいた男子が驚いた。

「て、てめえは矢吹! 何でこんな所に!」

 男子は慌てて浦賀の肩を叩いて、矢吹たちを指差した。

 浦賀は鬱陶しそうに男子を見てから、矢吹を見た。

 ヘッドホンを外し、その口に笑みを浮かべる。

「おやおや、思ったより速く来たな」

「浦賀、ケリつけにきたぜ」

 矢吹は浦賀目掛けて走った。そして、顔面めがけて拳を振るった。が、浦賀の隣にいた男子が浦賀の前に出て、矢吹に蹴りを繰り出してくる。

 それをバックステップで避けて、矢吹は舌打ちをして下がった。

「林、てめえ邪魔すんじゃねーよ」

「浦賀さんの前に、俺が相手してやるよ」

 矢吹が林を見据えた。「一瞬で終わらせてやる」

 神矢は矢吹の肩を掴んで待ったをかけた。

「矢吹さん、あの人は俺が相手します。矢吹さんは浦賀を」

「……神矢、林は強いぞ」

 神矢は頷いた。先程の動きを見て、林が喧嘩なれしているのは明白だった。

「わかった。頼むぞ」

 神矢は林の前に立った。

「あんたの相手は俺だ」

「何だおまえ? 二年か? 雑魚がしゃしゃり出てくんじゃねーよ」完全にこちらを見下した態度だった。

 神矢は挑発に乗らなかったが、滝尾と野田は「誰が雑魚だ!」と簡単に釣られて、林へと殴りかかった。

 滝尾の腹に林の前蹴りがめり込み、さらに野田の側頭部に蹴りが入った。

 一瞬でやられてしまった二人だが、今の林の連続蹴りで一瞬の隙ができた。神矢は前傾姿勢になり床を蹴って瞬時に距離を詰めた。

「うお!」驚く林。が直ぐに対応して拳を神矢の顔へと突き出してきた。

 神矢は身体を仰け反らせてそれをかわし、脚をそのまま振り上げて林の顎めがけて蹴り上げた。

 間一髪で林はそれを避けて、後ろに下がった。

 林は驚愕の表情をうかべていた。それは、矢吹も同様だった。浦賀でさえ、目を少し見開いている。

「神矢……お前…」

「矢吹さん」神矢は目で矢吹を非難した。見ている場合じゃないだろう。

「あ、ああ、そうだな。は、全く凄え後輩がいたもんだ」

 そして、矢吹は浦賀と対峙した。

 


「驚いたな。お前、何者だよ」

 林の顔からは余裕が消えていた。

「何者でもないですよ。無口で地味で目立たないごく普通の生徒です」

「普通のヤツがそんな動き出来るか!」

 林が直線的な右前蹴りを神矢の腹目がけて繰り出してくる。神矢は半身を捻り脚の外側に移動し、その脚に肘鉄を振り下ろした。

 呻き声をあげ、脚を引っ込める動きに合わせて距離を詰めて、神矢は右手を林の顔面やや右側へ目がけて突き出した。当たればそれでも良かったが、狙いは左に避けさせる事。林は神矢の思惑通り首を捻って左に避けてくれた。避けられた右手をそのまま林の頭を追尾して側頭部を掴み、同時に足払いをかけて床へと叩きつける。

 背中をしこたま打ち付けて、一瞬だけ林の呼吸が止まった。 

 神矢はその瞬間を逃さず、拳を林の顔目がけて振り下ろした。



 神矢と林のタイマンは、アッサリと結着がついた。

「オイオイ、マジかあいつ。マジでなんなんだ?」

 さすがの浦賀も、神矢の強さに驚きの表情を浮かべていた。

 矢吹も同じ思いだった。強いだろうとは思っていたが、ここまで強いとは思わなかった。

 林の顔面スレスレで、神矢の拳は止まっていた。林は振り降ろされた拳に恐怖したのか、白目を剥いて気絶していた。

 林は矢吹ですら少し手こずる相手である。それをいとも簡単に倒した神矢はいったい何者なのか。

 数日間しばらく神矢を見ていたが、かなり頭がいいのが窺えた。探索などを自分から行う行動力、相手の動きを見極める洞察力、先ほど見せた反射神経など。だから、戦力になると考えたわけだが、想像以上だった。

 何にしても、後は浦賀だけだった。

「次はお前の番だ」

「大ピンチだなぁ俺! けど、ますます面白くなってきたぜ! 来いよ矢吹!」

 この状況に、浦賀は嬉々とした表情を浮かべた。そうだ。コイツはこういうヤツなのだ。殺し合いを楽しむイカれたヤツなのだ。

 矢吹は手近にあった椅子の背を掴み、浦賀へと投げつけた。

 それをアッサリと避けた浦賀は、床に敷いてある赤い絨毯を鷲掴みにして、思い切り引っ張った。絨毯に乗っていた矢吹は態勢を崩して転倒しそうになったが、どうにか膝をつくだけで堪えた。

 その隙を浦賀は見逃さなかった。

 矢吹の顔面目がけて飛び膝蹴りを放ってくる。が、なんとか横に転がってそれを避けた。

 態勢を立て直そうとするが、それを許す浦賀ではない。浦賀は机の足を持って投げつけてきた。

 矢吹は腕を交差して衝撃に備えた。机が腕にぶつかり、痛みに耐えた。さらに追い討ちをかけようと、浦賀が突っ込んでくる。

 矢吹は立ち上がり、浦賀を迎え撃つ態勢を整えた。

 浦賀の拳が矢吹の頬にめり込む。矢吹も負けじと浦賀の腹に拳を叩き込んだ。顔、腹、当たる場所にとにかく拳を互いに叩き込む。殴り合いの応酬だった。

 口の中が切れ、血の味が口内に広がり、口元から血が飛び散って床を汚していく。

「楽しいなぁ矢吹! 俺と殴り合えるヤツはそうそういねえからなぁ!」

「サイコ野郎が! 俺はちっとも楽しくねぇよ!」

 殴り合い蹴り合いが続いたが、浦賀が矢吹の腹めがけての蹴りを繰り出し、それを横に避けて矢吹は浦賀の足を掴んだ。そしてそのまま、力任せに回転して浦賀を投げた。

 浦賀は吹っ飛び、端に積んであった机やイスに激突した。

 さらに矢吹は追い撃ちをかけるべく浦賀へと走る。

 浦賀は机の足を掴んで、思い切り矢吹の横腹へとぶつけてきた。

 矢吹は吹っ飛び、そのまま倒れた。脇腹に激痛が走り、苦悶の表情を浮かべた。

「今の肋骨折れたろ? いい感触だったしな」

 浦賀が矢吹の前に立った。

 矢吹も立ち上がり、額に汗を滲ませながら笑みを浮かべた。「あんな攻撃が効くかよ」

「そうかそうか。効いてないのか? それは残念だ、な!」

 浦賀は余裕の笑みを浮かべ、薙ぐように蹴りを放った。

 矢吹は腕で受け止めたが、意識が飛びそうな程の脇腹の激痛に顔を歪めた。

「あれえ? 効いてなかったんじゃ?」

 ニヤニヤしながらまた蹴りを放ってくる。それを受け止める度に意識が飛びそうになった。

「矢吹さん! 無茶だ!」

 神矢が声を上げた。

「うるせえ! 引っ込んでろ! こんなもんなんでもねえ!」

 矢吹は立ち上がり、浦賀の顔に殴りかかった。それを後ろに少しだけ避けてかわした浦賀は、矢吹の腹に膝蹴りをくらわした。

 視界が霞む。これでは勝負がつくのも時間の問題だ。だが、矢吹は歯を食いしばって激痛に耐えた。

「くそが! お前は絶対にゆるさねえ!」

 腹を抑えながらも、矢吹は立ち上がった。

「おお、いい根性してるな。そんなに妹を殺した俺が憎いのか?」

 矢吹は雄叫びを上げて浦賀に殴り掛かった。だが、やはり身体が言う事をきかない。あっさりと避けられて、足をかけられて倒れてしまった。

「無様だなぁ。矢吹。そんなお前にいいこと教えてやろう」言って浦賀は矢吹に顔を近づけて、「お前の妹、実に美味しかったぜ」

 矢吹は怒りで何も考えられなくなった。痛みももうどうでも良かった。

「殺す!」言って立ち上がり、大振りで浦賀に殴り掛かる。だが、そんな大振りは浦賀には当たらない。

 簡単にカウンターを顔に喰らってしまい、血飛沫とともに脚が崩れ落ちて膝をついた。

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