三十一話 覚悟
食堂にみんながやってきて、各自席に着いていく。その動きは緩慢で、とても重苦しい雰囲気だった。
眠れなかったらしい生徒も多く、みなやつれて見える。食事もおそらく喉を通らないだろう。
そして、浦賀の手下の問題児グループも入ってきて、その後ろに菅原がついてきた。彼らの中で元気なのは数人だけで、その筆頭が菅原だ。人を殺したというのに、何故そんな顔になれるのか。コイツに罪の意識は皆無なのだろうか。
林だけは、少し顔色が悪い気がしたが、コイツも同罪だ。
菅原と林は、生徒たちを正面から見張るように、真ん中だけを空けて最前列の席の両端についた。
宮木は櫛谷たちの姿を探した。前列の端の方に座っているのが見える。普段なら気丈な彼女もさすがに顔色が悪かった。
待っていろよ。もうすぐ開放してやる。
そして、最後に浦賀がやってきて、菅原と林の真ん中へと座った。
さあ、配膳の時間だ。
高田と倉崎が各テーブルに料理を運んでいく。
宮木もできた料理を浦賀たちの元に持っていこうとすると、睦月が前に出て笑顔で遮った。危うく零すところだった。
「あ、危ないじゃないか睦月」慌てた宮木に、睦月は口元に笑みをたたえて小さい声で言った。
「先輩、駄目ですよ。そんな毒じゃ浦賀は殺せません」
「んな!」叫びかけて慌てて口をつぐむ。
「先輩は決意が弱すぎるんですよ。やるなら、徹底的にやらないと。だから、わたしも作っちゃいました。毒入料理。色んな毒の食材を混ぜ合わせた一品でーす」
睦月の顔を見て、宮木の背筋に悪寒が走った。笑顔なのに、その目には憎悪が満ちていた。
「む、睦月、お前……」
「そういうわけで、わたしが浦賀に料理を運びまーす。ちゃーんと、先輩が作ったのと同じ料理ですから問題ないと思いますよ。アイツが血反吐吐いてくたばるのを見ていてくださいね。あ、それとついでにコレ先輩にあげます。わたしがしくじったら使ってください」
そう言って、宮木の手にそれを握らせたあと、料理をトレーに乗せて浦賀の元へと運んでいく。待てと言いたいが、声が出なかった。
手渡されたのは小さい袋だった。少しだけ開けてみて、匂いで意識が飛びそうになった。コレは毒だろうか。まさか、コレがあの料理に混入されているのか。
いつからだ。いつから、睦月が浦賀に殺意を覚えたのか。
今朝、厨房にいた時は普通に見えた。高田や倉崎のフォローに入って、二人を元気づけていた。
ここにきて、違和感を覚える。
──普通? 昨晩、あれだけの惨劇があったというのに?
宮木は自分の浅はかさに歯噛みした。十六歳の少女が、あの光景を見たのに、普通でいられるわけがないではないか。
毒の食材を科学部に渡したというのも、おそらく嘘だろう。睦月が浦賀を殺す為に、調合したのだ。
睦月も宮木同様に、みんなを救う為に行動したのだ。宮木は、この時そう思った。
浦賀が睦月が置いた料理を見て「朝から肉とは豪勢だな。美味そうだ」と言った。
「えへへ、わたしが作ったんですよ。味は宮木先輩にも負けてないと自負しています」
浦賀は睦月の顔を見た。
「……へぇー、お前がコレをねぇ」
宮木はゴクリと唾を呑み込んだ。浦賀が料理を食べれば、それでこの支配は終わる。
睦月は殺人犯となるが、誰も文句は言わないだろう。みんなを助ける為、これ以上の犠牲を出さない為だったとみんなわかってくれる筈だ。
浦賀はステーキをナイフとフォークで切り分けて、フォークへと突き刺した。そして、口を開けて入れようとした。
宮木は拳を握りしめた。
浦賀の手が直前で止まった。そして、肉の匂いを嗅いだ。
「なーんか、匂うんだよなぁコレ」
「えー、美味しそうな匂いじゃないですかー」
「そうだな。確かに食欲をそそるいい匂いだ。が、同時に何か危険な匂いがするんだよなぁ」
そう言って、ジロリと睦月を見た。
何だよ危険な匂いって! 毒の匂いを嗅ぎ分けられるとでもいうのかよ! 内心で宮木は狼狽えていた。
「コレお前が作ったって言ったな? ちゃんと味見はしたのか?」
まずい。冷や汗が宮木の頬を伝う。
睦月と浦賀のやり取りが気になったのか、いつの間にかみんなの視線が二人へと向いていた。林と菅原も警戒した目で、睦月を見ていた。
「もちろんです。下手な物は出せませんから」
「それじゃあ、もう一度ここで味見してみろ」
本格的にまずい。睦月がどの毒の材料をどれだけ混ぜたのかは不明だが、この袋の中身といい先程の発言といい、確実に致死量を超えているだろう。
失敗だ。宮木は項垂れた。が。
睦月はニコリと微笑んで、「いいですよ」と応えた。そして、浦賀の皿から肉を一つ摘んで、躊躇いなく口の中に放り込んだ。
「んー、美味しい。柔らかくてジューシーで。やっぱりわたしには料理の才能がありますね」
とても正気とは思えなかった。何故そんな事が出来る。何故そこまでする。みんなの為に、そこまでするだろうか。
睦月はゴクリとそれを飲み込んだ。
「……浦賀、気にしすぎじゃないか?」と菅原。
「ひょっとして浦賀さん、毒を入れられたと思いました?」
睦月が笑顔で訊いた。
「そうだな。お前ら料理部なら毒の素材を使いたい放題だからな。俺に毒を盛ろうとしてもおかしくはない」
「でもコレで納得してもらえたんじゃないですか? さ、冷めない内に食べて下さい」
笑顔で言う睦月。毒を食べたのに大丈夫なのか? それとも本当は入っていなかったのか?
浦賀は眉を顰め、料理を凝視する。そして、フォークでもう一度肉を突き刺し、少し離した所で匂いをまた嗅いだ。
「やめだ」浦賀はカチャンと皿の上にフォークを置いた。
「……何でですか?」
「勘だ。勿体ないと思うなら、お前が食え」
言って、皿を睦月に差し出した。
睦月は黙っている。
「どうした? 顔色が悪いようだが? 身体も震えているじゃないか」
笑みを浮かべて、浦賀は言った。
浦賀の言う通り、睦月の顔色がどんどん土気色になり、身体が震え始めていた。
「惜しかったな。俺じゃなかったら多分殺せていただろう。毒が入ってない事を証明するため、躊躇わず毒を食うなんざなかなかできることじゃねえ」
睦月の口から血が流れ出た。
「睦月!」宮木は駆け寄って、倒れそうになる彼女を支えた。
「……ちくしょう…。ゴメン良太くん、仇取れなかったよ」
既に意識が混濁しているようだった。
宮木は早瀬を呼んだ。
「先生! 早く彼女を! 解毒剤とかないんですか!」
早瀬が走ってやってきて、睦月の状態を診て、首を横に振った。
「……もう、無理よ」
「そんな……。くそ!」
女子たちのヒソヒソ声が聞こえてきた。
「良太って、この前のしりとりの時の……。それで、夜に自殺した男子よね」
「そういえば、よく一緒にいるのを見たけど……そういう仲だったってこと?」
「ということは、敵討ち……?」
宮木は愕然とした。数日前に、しりとりで負けた生徒がみんなの前で辱めを受け、夜に自殺した。それが、睦月の恋人だったということか。睦月が浦賀に殺意を覚えたのはその時からか。
宮木は拳を握りしめ、浦賀を睨みつけた。
「お前が全部悪いんだ……。お前さえいなければ……」
浦賀は片肘を机について、拳に顔を乗せた。
「じゃあどうするんだ? 料理しか取り柄のない宮木よ。お前も俺を料理で毒殺しようとしてみるか?」
宮木はポケットに手を入れて、先程睦月から渡された小さい袋を取り出した。
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